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K2(ケーツー)はカラコルム山脈にある山。標高は8,611mで世界第2位。中国・新疆ウイグル自治区とパキスタン(ただしインドは「カシミールのパキスタン占領地」と主張している)の境にある。
人里から遠く離れた奥地にあるため、19世紀末までは無名の山であった。不安定な天候、強い風、急峻な傾斜に加えて、アプローチのために季節によっては40度近い高温となるパキスタン国内を移動しなければならないなど、登頂の難しさでは標高は8,848mの世界最高峰エベレストより上と言われており、実際にエベレストよりも登頂成功者が少ない(250名)ため、世界一登ることが難しい山とも言われる。遭難者の数も多く、チャールズ・ハウストン、ロバート・ベイツ共著の書籍から「非情の山」と呼ばれる。
インドの測量局が1856年からカラコルムの測量をはじめた際に、無名の山にカラコルムのKをとって順にK1, K2, K3, K4, K5と測量番号を付けた。K2以外の山については名前がつけられたり、現地の名前が採用されたりしたが、K2だけは測量番号がそのまま山名に残った。
- K1 - マッシャーブルム
- K3 - ブロード・ピーク
- K4 - ガッシャーブルムII峰
- K5 - ガッシャーブルムI峰
英国王立地理協会が命名に反対したものの、この地域を探検した英探検家の名前を冠してゴッドウィンオースティン (Mt. Godwin Austen) と呼ばれることがある。中国名は「チョゴリ」で、これはチベット語系のバルティ語で「大きい山」を意味する「チョゴリ」が由来である詳しくは英語版の名前の節を参照。特に「チョゴリ」の名称が現地では使用されていないことについては英語版の脚注8を参照。。
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登山史
- 1954年7月31日(初登頂) - アルディト・デジオ隊(イタリア)
- 1977年8月8日 - 日本山岳協会登山隊の隊員重広恒夫、中村省爾が日本人初登頂。
- 1982年8月14日 - 日本山岳協会の合同登山隊(登攀隊長小西政継)、中国側の北壁からの登頂に初めて成功。
- 1986年 - 6月21日~8月10日の間に、合計13名の死者を出す大量遭難事故が発生する。
- 1996年8月10日 - 日本山岳会青年部登山隊。山本篤、南南東リブルートより、K2登山史上1チームによる最大人数登頂。
- 2000年7月30日 - 山野井泰史南南東リブルートより、無酸素アルパインスタイルによる単独初登頂。
- 2004年8月16日 - 北海道在住の社会人で編成されたどさんこ同人会(松本政英隊長)の5人が南南東リブルートで登頂。
- 2006年8月1日 - 東海大学山岳部登山隊の隊員小松由佳は日本人女性初登頂(世界で8人目)。また、21歳の隊員青木達哉は世界最年少での登頂。
- 2008年8月1日 - 大規模な氷塊の崩落事故が発生し3人が巻き込まれ、韓国人やネパール人など11名が遭難死した世界第2位の高峰K2で、11人が遭難死。
滑降の記録
- 2009年6月、イタリアのミシェル・フェイトが山頂からの滑降に挑戦したが転倒して死亡。当時、同行していたスウェーデンのプロスキーヤー、フレドリック・エリクソンは、翌2010年に挑戦を決意するものの、同年8月登頂中の滑落により死亡K2登山中のプロスキーヤーが死去。滑走挑戦の途上で(2010.08.07,12:54.CNN)。
脚注
関連項目
ヒマラヤ山脈
8000メートル峰
パキスタンの地形
中国の山
アジアの山