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洗濯機(せんたくき)は、洗濯を半自動または全自動で行う機械。洗濯槽の回転を手動で行う手動式洗濯機も存在する。現代の日本においては、単に「洗濯機」と言うと「電気洗濯機」を指すことが通例である。家事労働の省力化に貢献し、日本の近代化を支えてきた機械の一つである。なお、本項は、特段の断りが無いものは主に家庭用の洗濯機についての記述である。

概要


電気式洗濯機は1908年アメリカで発明され東芝一号機ものがたり「1930年 わが国初の電気洗濯機」 東芝科学館、日本国産第一号は1930年東芝の前身である芝浦製作所から販売された。その後、1953年三洋電機から現在の洗濯機の原点とも言える噴流式洗濯機が低価格で発売され洗濯機「初」物語 1950年代 三洋電機公式、一気に普及した。白物家電と呼ばれている家電製品の代表格である。他の白物家電の例に漏れず、日本では一部の高付加価値製品を除き、アジア圏での海外生産品が多数を占めている三洋電機は二槽式洗濯機に至るまですべて日本製を貫いている。

固定資産としての法定耐用年数は6年だが、家庭での平均的な使用年数は8.4年内閣府経済社会総合研究所景気統計部 「消費動向調査(全国、月次) 平成21年3月実施調査結果」 2009年4月17日である。テレビ受像機エアコン冷蔵庫とともに2001年より家電リサイクル法の対象となり、廃棄する場合には、適切な処理が義務付けられ、粗大ゴミとして処分できなくなった。

一部では芋洗いや、タコのぬめり取りなどの魚介類を洗うために使われる事もある。メーカーの想定外・保証外の利用法であり、故障の原因ともなるので推奨されない利用法である。かわいさんちの手作りコロッケおいしさの秘密タコの茹で方

歴史

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19世紀の手回し式洗濯機
ドイツ製の古い洗濯機洗濯には布をこする必要があり、そうすることで汚れを布から浮かせ、石鹸を布地に浸透させる。以前は川縁の岩に衣類を打ち付けたり、こすったりすることで洗濯していたが、その後波状の溝をつけた洗濯板が使われるようになった。古代ローマでは、"fuller" と呼ばれる人たちが発酵した尿などの入ったバケツに洗濯物を入れ、それを足で踏んで洗濯した洗剤の力 - 酵素の科学 第3回松柏軒バイオカフェ、くらしとバイオプラザ21

洗濯という重労働を何とか低減させるため、洗濯する機械が開発されてきた。最初は、容器に水や洗濯物を入れ、容器ごと手で回し、中身を攪拌する方式だった。電力が欧米で普及するのは1930年代で、それ以前には1気筒の低速なガソリンエンジンなどがよく使われていた。

洗濯はお湯を使った方が汚れが落ちやすい。石鹸の入ったお湯は貴重だったため、そのまま何度も再利用されていた。まず汚れの少ない衣類を洗い、徐々に汚れのひどいものを洗っていく。初期の洗濯機は木製だったが、金属製のものができると、洗濯槽を下から火で加熱できるようになった。このため、一日中洗濯しても洗濯水を暖かく保つことができた。

イングランドでは、1691年に初の洗濯機および脱水機に類する特許が成立しているMothers and Daughters of Invention: Notes for a Revised History of Technology, Autumn Stanley, Rutgers University Press, 1995, p. 301。また、1752年1月の "The Gentlemen's Magazine" というイギリスの雑誌に初期の洗濯機の絵が掲載されている。ドイツでは Jacob Christian Schäffer が洗濯機を考案し、1767年にその設計が出版されているDie bequeme und höchstvortheilhafte Waschmaschine Deuches Museum1782年には、イギリスで Henry Sidgier が回転ドラム式洗濯機の特許を取得している。

手絞り機
洗濯後、洗濯物から石鹸水を除去する工程は全く別の工程だった。元々はびしょぬれの衣類を手で絞っていた。この仕事を助けるため、2つのローラーばねで力をかけ、そこに衣類を通してローラーを手で回すという手絞り機(または手回し脱水機)が開発された。これには1枚ずつ衣類を入れてやる必要があった。元々は独立した機械だったが、洗濯機に組み込まれるようになり、搾り取った石鹸水が洗濯槽に戻って再利用できるような構造になった。

アメリカ合衆国では1797年ニューハンプシャー州の Nathaniel Briggs が "Clothes Washing" と題した特許を取得している。特許事務所が後に火事で焼け落ちたため、彼が具体的にどういう発明をしたのかは分かっていない。洗濯機に手絞り機を組み込んだものは、1843年セントジョンの John E. Turnbull が取得した "Clothes Washer With Wringer Rolls" という特許が最初であるMario Theriault, Great Maritme Inventions 1833-1950, Goose Lane, 2001, p. 28

回転による脱水が一般化するのは、電動機が開発されてからである。回転で脱水するには高速で強力な回転力が必要であり、脱水機は洗濯機とは別の装置として作られた。洗濯した衣類を洗濯槽から脱水槽に移して脱水していた1919年の洗濯工場の図。水平型の洗濯機と垂直型の脱水機が見える。 -- Don't Waste Waste, Popular Science monthly, January 1919, page 73, Scanned by Google Books: http://books.google.com/books?id=HykDAAAAMBAJ&pg=PA73 。このような初期の脱水機は、中身が偏っていると脱水槽自体が危険なほど揺れるという問題があった。この揺れをなんとかしようと様々な試みがなされている。まず、若干のアンバランスを吸収する緩衝フレームが考案され、さらに激しい揺れを検出して脱水機の回転を止める機構が考案された。この場合、人間の手で中身を均等にして再度脱水する。最近では、液体を封入した環を使い、それを脱水槽と同時に回すことで全体としてバランスが取れるようにしていることが多い。

電気洗濯機は20世紀初めにアメリカで登場している"Electric Washing Machine the Latest. Housewives can do Washing in one-third the Time," Des Moines Daily Capitol, November 12, 1904, p. 13.。アルバ・ジョン・フィッシャーが1910年に電気洗濯機の特許を取得しており、電気洗濯機の発明者とされることが多いが、フィッシャー以前にも電気洗濯機の特許が存在していた など

1910年の広告
アメリカでの電気洗濯機の年間販売台数は1928年には913,000台に達した。しかし、世界恐慌が発生したために販売台数が減少し、1932年には出荷台数が約600,000台となっている。洗濯機の設計は1930年代に改善が進み、安全性を考慮して電動機などの機械が筐体に覆われるようになった。1940年には、アメリカの電力供給を受けている2500万戸の60%が電気洗濯機を所有していた。

いわゆる全自動洗濯機は、洗濯槽と脱水槽が1つになり、水の出し入れが自動化され、洗濯から脱水まで自動的に行うようになっている。1937年ベンディックスが初の全自動洗濯機の特許を取得し、それを使った洗濯機を同年発売したhttp://www.oldewash.com/cf/images/IMAGES/327.jpg</ref>。この洗濯機は現代の全自動洗濯機の基本機能は全て備えていたが、サスペンション機構がなかったため、動き回らないよう床に固定する必要があった。

第二次世界大戦中、アメリカ国内の洗濯機メーカーは軍需に徴用されたが、全自動洗濯機の開発は続けられ、戦後間もなく全自動洗濯機を発売した。ベンディックスは1947年、改良型の Bendix Deluxe(当時249.50ドル)を発売。ゼネラル・エレクトリックも同年、全自動洗濯機を発売している。他社も1950年代初めまでに次々と全自動洗濯機を発売している。中には2槽式で、洗濯槽から脱水槽に洗濯物を手で移さなければならない半自動洗濯機もあった。

電気掃除機で知られるフーバー社は、マイコン制御が登場する以前にカートリッジ式で洗濯パターンをプログラム可能な全自動洗濯機 Keymatic を製造していた。洗濯機のスロットにプラスチック製の鍵状のカートリッジを挿入すると、それにしたがって洗濯パターンを決定するものである。しかし、ダイヤル式で設定する他の洗濯機に対して特に優れているわけでもないため、成功したとは言い難い(カートリッジは失くしやすいという問題もあった)。

初期の全自動洗濯機は機械式タイマーを使い、タイマーシャフトに一連のカムがあり、様々なスイッチを時間で操作していた。1950年代、これが電子式タイマーになり、設定の自由度が格段に向上した。

1950年代の洗濯機
ヨーロッパでは1950年代まで電気洗濯機は一般化しなかった。これは、第二次世界大戦の戦禍により、ヨーロッパの消費者市場が1950年代後半まで回復しなかったためである。当初はローラーによる手絞り機構付きの電気洗濯機が主流だった。1960年代には2槽式が主流となった。全自動洗濯機が主流となったのは1970年代になってからのことである。

初期の全自動洗濯機では、洗濯槽/脱水槽の回転速度は機械的手段か電動機に供給する電力を可変抵抗器で加減することで制御していた。1970年代には上位機種から電子制御が一般化していった。1990年代になると、タイマーの代わりにマイクロコントローラを採用した機種が登場する。これが今では一般化している。ファジィ制御も洗濯機にいち早く採用されている。

最近では衣類乾燥機の機能まで1台でこなすものもある。

2008年リーズ大学は約280mlの水だけで洗濯できる洗濯機を開発したÛniversity University of Leeds creating a washing machine that needs but 2% of the water/electricity requirements of a conventional washing machine。なお同年10月31日を以て三菱電機は(売り上げ不振で赤字が続いたことから)洗濯機の生産より完全撤退している。

2009年カトリック教会の半公的な新聞である L'Osservatore Romano が、洗濯機が女性を家事の苦役から解放したという意味で、女性解放における重要なマイルストーンだったと表明しているVatican’s praise for washing machine. The Hindu. 10 March 2009.

種類


一槽式
洗濯槽のみの洗濯機。一般的な洗濯機では1960年代までこの種類が存在していた。脱水部分は手で絞るか、洗濯機傍についていたローラーで絞る。現在でも簡易・小型洗濯機でこの種類が存在するただのバケツじゃありま洗(せん) N-BK2 ASCII24 2001年6月20日、など。また、脱水槽のみの脱水専用機も存在している家電製品ミニレビュー/トーマス「高速脱水機」 家電Watch(Impress Watch)2008年1月10日、家電製品ミニレビュー/ソメラ「高速脱水機 C-14LSS」 家電Watch(Impress Watch)2007年11月14日、など
二槽式洗濯機
「洗い」と「すすぎ」を行う槽と「脱水」を行う槽が分離しており、それぞれの作業工程を各層で行う。洗濯槽と脱水槽の間で洗濯物を移し替える必要がある。1957年、イギリスフーバー社によって開発され、1960年に三洋電機によって脱水槽側に熱風乾燥装置を組み込んだ「二槽式脱水乾燥洗濯機」が発売洗濯機「初」物語 1960年代 三洋電機公式。1970年代から1980年代前期までの主流。現在では少数派であるが、洗濯・すすぎと脱水を同時並行で行えるため時間あたりに洗える量は全自動洗濯機に比べて多く、構造的にも単純で丈夫なため、理容店ガソリンスタンドなどでの業務用として根強い需要がある。脱水能力において一槽式の全自動洗濯機を上回る場合もある。また、脱水槽に注水でき、注水しながら脱水することで、すすぎを助ける機種もある。現代の日本においては、下述の全自動洗濯機の普及率が高まっていて、住宅の設計・建設においてもこれを前提としている物件が多いため、全自動洗濯機に比べて横幅が広い機種が多い二層式洗濯機を置くためには予めそのスペースの確認を要するケースが多く、注意を要する。

以上の2方式の操作方法は一時期ボタン操作式(マイコン制御)のものもあったが、現在に至るまで回転スイッチ式である。

三槽式洗濯機
日立製作所がかつて製造していた、二槽式洗濯機の亜種。同社が製造していた攪拌棒付異型パルセータ「からまん棒」(後述)の特長を生かしたもので、洗濯槽の上部中央に、もうひとつ小さなバケツ状の小型洗濯槽を取り付けている。「からまん棒」の内側に駆動軸を通し、小型洗濯槽のパルセータを駆動していた。

自動二槽式洗濯機
外見は二槽式洗濯だが、「洗い」と「すすぎ」を行う槽で「洗い」から「すすぎ」までの作業行程を自動進行ができる。機種によっては「脱水」を行う槽で「すすぎ」から「脱水」までの作業行程を自動進行ができる場合もある。現在日本国内メーカーでは日立しか製造していない。
全自動洗濯機
「洗い」、「すすぎ」、「脱水」をすべて1つの槽で行うもの。注水から最後の脱水までをすべて自動で行う。1965年に松下電器産業(現・パナソニック)によって第1号機が開発・販売された洗濯機/衣類乾燥機の歴史 パナソニック公式。使用する水の量が多くなる問題があり、普及は遅れた(1970年代初頭、全自動洗濯機普及率4.7-8.6%)。1980年代以降改良が重ねられ、現在までの主流となっている。
乾燥機付洗濯機(洗濯乾燥機)
一般的に洗濯乾燥機と呼称される、全自動洗濯機にさらに乾燥機能がついたもの。「洗い」「すすぎ」「脱水」「乾燥」まで1つの槽で全自動で行うことが可能。2000年代前半から需要・台数が伸びている 国民生活センター。一般的に家庭用の乾燥機付洗濯機は、洗濯できる量より乾燥できる量が少ないため、洗濯物全てを乾燥させる場合は、乾燥手前で、洗濯物を取り出す必要がある。乾燥可能な量の洗濯物であっても全自動で乾燥させると衣類がクチャクチャのまま乾燥されたり、乾燥ムラがおきるなどの問題が発生することもある。このため、加熱をせず、送風のみで簡易乾燥を行い、ある程度水分を飛ばしてから自分で干すといった使い方をすることもできる。
ヒートポンプ式の乾燥機能は、室温が低すぎるといった場合性能が発揮できず完全に乾燥できない場合がある。そういった場合は暖房して室温を調整すればよい。一方、除湿冷却方式の同機能は、そのようなことはないが、除湿水の温度をリアルタイムに監視しているサーミスタに糸くずなど異物が付着すると、正確に温度を読み取れなくなり、乾燥不良が発生することがある。基本的には、熱に耐える素材で仕上がりがしわになっても支障ないものであれば洗濯から乾燥まで全自動でよい。前述のとおり乾燥も配慮した量の範囲で洗濯するようにする。
ドラム式はすべての工程において使用水量が少ないため、投入洗剤量を指定分に抑えないと残洗剤が過多となり濯ぎ不足状態となる可能性がある。
手回し式洗濯機
初期には、非電動洗濯機も存在した。洗濯物と水を球形の金属製洗濯槽に密閉して人力で回転させることで攪拌し洗浄する。構造的には現在のドラム式洗濯機に近い。現在でも少量の洗濯向けに「手動洗濯機」「簡易洗濯機」と称してわずかに生産されている。

方式

攪拌式


槽と同じ程度の高さのある大型の羽根をゆっくり反転させて水流を発生させる方式で、初期 - 1950年代まで利用されていたもの。構造的に大型となるため日本では業務用の一部に限られるが、アメリカでは現在も主流。
日本では1922年大正11年)年に初めて輸入され、1930年昭和5年)に東芝が国産初の電気洗濯機として製造。終戦直後は日本のメーカーも進駐軍向けに製造していたが、1947年昭和22年)に「日本人メイドの人件費が安く、しかも上手に手で洗ってくれる」という理由で納入が打ち切られた。これ契機に一般向けにも発売されたが、5万円以上(ローラー絞り器なし 当時の日本人の大卒初任給は22,000円)と非常に高価だったため普及しなかった。

ドラム式(回転式)


横を向いた円筒状の洗濯槽を回転させ、洗濯物が上がっては落ちを繰り返すことにより叩き洗いをすることで汚れを落とす方式。クリーニング店コインランドリーの洗濯機ではこの方式が良く使われている。洗濯物の痛みが少なく、水の使用量も少ない。
重量が重いために家庭用では乾燥機付き洗濯機に限られる。また奥行きが大きいことから置き場所の考慮も必要である。
家庭用のサイズだと高温多湿の日本では脂肪を含んだ汗や泥汚れが充分に落ちづらいという点で不利。1950年代には日本でも製造されていたが、当時は家庭用としては主流とならなかった。現在はポンプアップと電子制御を併用することで日本でも実用可能となった。

斜めドラム式
パナソニックが開発した方式。従来の縦型に比べ使用水量及び衣類の痛みが少ない。最新機種の上位モデルは「エコナビ」も搭載している。
2011年秋モデルにおいては、パナソニック製洗濯機としては初めて「系列店(パナソニックショップ)限定モデル」が登場(第1号機は「NA-VX710SL/R」)。コース数が量販店兼用モデルより多く、掃除機に取り付けられる乾燥フィルター掃除用ノズルと(パナソニック以外の他社製掃除機に繋ぐ場合の)継ぎ手パイプ(アダプター)付属。その他仕様は量販店兼用モデルNA-VX7100L/Rと共通。さらにマンションなどの狭い空間にも設置可能な小型モデルも登場している。
トップオープンドラム式
三洋電機と東芝でのみ採用された方式。回転軸が正面から見て水平で、ドラムの側面を開閉するような構造のドラム。現在までに廃止。

パルセータ式(噴流式・渦巻き式)


洗濯槽の底部(初期には槽の側面)にパルセータと呼ばれる羽根を持ち、それを高速回転させて激しい水流を発生させて汚れを落とす方式。1960年代以後、現在まで長年の主流方式。ごく初期のパルセータは小型のものが主流であったが、現在ではほぼ洗濯槽いっぱいの大きさとなっている。昭和 - 平成初期に建てられたアパートや賃貸マンションに住む者は洗面台の入り口が55cm - 59cmと狭小のため、室内にドラム式が設置できないことから、このパルセータ式を購入することが多い。また、下記の異型パルセータによる攪拌方式と区別するため、通常のパルセータ方式を「渦巻式」と呼ぶこともある。
日本では1953年昭和28年)8月三洋電機が初めて製造。定価は28,500円(当時の大卒初任給は17,000円)と、比較的買いやすい値段だった。

からまん棒
日立製作所が1982年昭和57年)に開発した方式で、本来は同社の登録商標であったが、現在は使われていない。パルセータの軸部分を垂直に延長し、羽のついた攪拌棒を持たせた方式。名前から解るとおり、当初は衣類の絡みを抑止する目的で開発されたが、この意味ではあまり役立たなかった。その後、それまで手洗いに限定されていたおしゃれ着やウールの洗濯のできる機種が現れ始めると、電子制御と併用することで、従来のパルセータよりも一歩抜きん出た。欠点として、本体のサイズの割りに洗濯容量が小さくなる。この欠点のため、その後の家庭用洗濯機大容量化の波についていけなくなり、順次廃止され、通常のパルセータ方式となった。
攪拌棒方式は他に三菱電機の「Mr.かくはん」が、また様式は異なるがパルセータ方式に攪拌式の特徴を取り入れた方式としては東芝の「最洗ターン」、三洋電機の「手もみL」が存在したが、いずれも現在までに廃止されている。
ビートウォッシュ
日立製作所が開発した方式。基本構造はパルセータ式と同様であるが、波状の形状をしたパルセータを洗濯物に直接接触させ洗濯する点が異なる。

振動式


洗濯槽の底にある振動板を高速で振動させて汚れを落とす方式。汚れの落ちが悪く振動がうるさいため、全く普及しなかった。

技術


注水ポンプ
おもに節水を目的として、風呂の残り湯などを洗濯(すすぎには水道水を使う)に使うためのポンプ。風呂水ホース付属機種は、ホースの先端にポンプがある機種と、洗濯機本体にポンプを内蔵している機種に分かれる
制振鋼板
脱水時のモータの振動を抑えるため、鉄板と鉄板の間にプラスチックなどを挟んで、振動を抑制するようにした鋼板。
ニューロファジー
洗濯の制御を行うマイコンの動作に使われていたキャッチフレーズ。
ダイレクトドライブ
槽とモーターを直結し、低騒音化をはかったもの。

注意点


感電の防止
洗濯機を設置する際には確実にアース(接地)をしておく必要がある。
幼児の落下
洗濯槽に水がたまっている場合には幼児の落下に注意を要する。幼児の落下に備えて、運転中に蓋を開けるとブザーが鳴り続け、蓋が開いた状態が一定時間継続すると洗濯槽内の水を強制的に排水する機能をもつ洗濯機もある。
洗濯槽の洗浄
洗濯槽は定期的に専用クリーナーなどの洗浄剤を用いて洗浄することが望ましい。

ギャラリー



ファイル:TOSHIBA Solar.JPG|国産一号機の洗濯機:Solar(1930年)(東芝科学館
ファイル:Hand-washing-machine.jpg‎|手回し式洗濯機(相模原市博物館)

関連項目



参考文献

脚注



外部リンク


家電機器
洗濯



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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