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日独伊防共協定締結を宣伝する絵葉書「仲よし三國」(小学館『小学三年生』[[1938年8月付録)。上段の丸枠の写真はドイツ総統のアドルフ・ヒトラー(左)、近衞文麿首相(中央)、イタリア首相のベニート・ムッソリーニ(右)日独伊防共協定(にちどくいぼうきょうきょうてい)は、1936年の日独防共協定が、1937年11月のイタリアの加入によって三国に拡大した、「反ソ」「反共」を目的とした協定。
目的と性格
フランスでは、1936年4月に行われた議会選挙で人民戦線派が圧勝し、社会党のレオン・ブルムを首班とする人民戦線政府が成立し、スペインでも1936年1月に共和主義左派と社会党、共産党、マルクス主義統一労働者党 (POUM) の間で協定が結ばれ、2月の選挙で勝利して、共和主義左派のマヌエル・アサーニャを首班とする人民戦線政府が成立した。これらの動きには、コミンテルンが深くかかわっていた。防共協定は、このような国際共産主義運動の動きに対抗したものであり、「反ソ」、「反共」を強く訴えることで、イギリス、フランス、アメリカ合衆国など先進資本主義諸国内の保守派や資本家の歓心を得ようという目的も有しており、スペイン内戦へのドイツとイタリアの干渉、および日中戦争(支那事変)により、これら列強との関係が悪化したことから三国の結束を深める意味もあった。なお、日独伊防共協定成立の際、イタリアの要望で反英協定としての性格が付加されている。
協定の延長
1941年11月に延長され、フランコ政権下のスペイン、ブルガリア、フィンランド、ハンガリー、満州国、ルーマニア、スロバキア、南京国民政府、クロアチア独立国、ドイツの占領下に置かれたデンマークも参加した。
関連項目
日本の条約
ドイツの条約
イタリアの条約
第二次世界大戦
日独関係
日伊関係
昭和時代戦前の外交
ナチス・ドイツの国際関係
イタリアの国際関係
イタリア王国
スペインの国際関係
フランコ時代のスペイン
1937年の日本
1937年の法