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寺谷 一紀(てらたに いちき、1964年5月7日 - )は、関西を中心としたフリーアナウンサー追手門学院大学客員教授。キャッチフレーズは「標準語(共通語)と関西弁のバイリンガル」。

来歴・人物


大阪府吹田市出身。洛星高等学校を経て大阪外国語大学イタリア語学科卒業後、1987年NHK入局。当初はディレクターだったが、1992年アナウンサーに転身。東京アナウンス室大津局大阪局の順に異動。NHK大阪局のアナウンサー時代からふるさと大阪・関西にこだわった番組の企画、取材、司会までこなした。特に『夕方5時です千客万来』のキャスターを担当した時に「ナニワのアナウンサー」を自称するようになった。

2002年1月でNHKを退職(退職についての経緯は次項参照)。昭和プロダクションに入り、関西を中心としたフリーアナウンス活動を始める。その第1弾としてKBS京都サンテレビが共同制作した『らぶかん』のメインキャスターを同年4月から1年間担当した。2002年4月〜2006年3月まで、ラジオ大阪で『寺谷一紀の土曜はおまかせ!』のパーソナリティーを務めた。また、個人事務所「株式会社オフィス寺谷」を設立。大阪市京橋駅近くに開設した「京橋オンリーワン学園」の学園長も務めている。

また著書「僕がナニワのアナウンサー」を西日本出版社から発行した。

現在のレギュラーは、「寺谷一紀の医療どぉーナル」、「プロセブン・耐震マットCM」、「CHECKーIT!!」など。2007年10月から「寺谷一紀の彩友記」がスカイ・エーで毎週日曜(原則8時45分から9時)放送。

東京一極集中への反発


かつて寺谷がNHK東京でディレクターを務めていた頃、国際花と緑の博覧会に関する番組の制作を任された。寺谷は中之島大阪ビジネスパークなどといった映像をふんだんに取り入れ、「水の都・大阪」を最大限アピールしようとした。しかしこれに対して上司は「大阪はゴミゴミした街だと決まっている。通天閣道頓堀といったわかりやすい映像にしろ」とクレームをつけた。寺谷はこのような「大阪に対して偏った情報を流し、ただ闇雲に東京を賛美する」東京のメディアに疑問を感じ、こうしたメディアが東京一極集中の元凶であると感じた。

それから十数年後、大阪勤務となっていた寺谷は東京への転勤を打診された。しかし寺谷はこうした東京一極集中に一石を投じ関西復権のために闘うべく、この“栄転”を蹴ってNHKを退職。関西に密着したフリーアナウンサーとしての活動をスタートさせたのである。

2006年8月から産経新聞夕刊(大阪本社)で「寺谷一紀が東京を蹴ったワケ」というコラムを執筆。東京一極集中や偏向報道について厳しい批判を展開している。

外部リンク


フリーアナウンサー
NHKの元職員アナウンサー
昭和プロダクション
追手門学院大学の教員
大阪府出身の人物
1964年生
存命人物



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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