七人の侍 遺言

遺言

七人の侍


遺言

遺言について考える

民法
相続
遺贈
遺書
遺言の方式の準拠法に関する法律
相続税法
遺留分
争族
贈与

遺言

 全ての人に訪れる死。訪れる前に大切な人へのメッセージをしっかりと残しておきたいと思います。

お勧めリンク

ネットショップ開業

商品検索

商品リンク 遺言 民法 相続 遺贈 贈与 相続税法 日本民法 遺言書

七人の侍』(しちにんのさむらい)は、1954年昭和29年)に公開された日本映画である。監督は黒澤明。日本の戦国時代(劇中の台詞によると1586年作中、「天正2年甲戌2月17日生まれ」と記されている菊千代の家系図を「13歳」と揶揄する場面があり、天正14(1586)年と知れる。)を舞台とし、野武士の略奪により困窮した百姓に雇われる形で集った七人のが、身分差による軋轢を乗り越えながら協力して野武士の一団と戦う物語。シナリオやアクションシーン、時代考証などを含めて高い評価を得、その後の多くの映画作品に影響を与えた。また、黒澤がマルチカム撮影方式を初めて採用した作品としても知られる。本作での同方式使用は限定的であったが、その効果に驚いた黒澤は、以後同方式を常用することとなった。

あらすじ


前半部と後半部に分かれ、前半部では主に侍集めと戦の準備が、後半部では野武士との本格的な決戦が描かれる。前半部と後半部の間には5分間の休憩がある。

前編


戦国時代、戦により行き場を失い盗賊と化した野武士(作中では「野伏せり」という言葉が使われる)の一団がある農村を狙っていた。村は前年も野武士に襲われ略奪の憂き目にあっていた。麦が実ったらまた村を襲うことに決めて去る野武士を偶然居合わせた村人が目撃していた。村が絶望に包まれる中、利吉という若い百姓が我慢の限界に達し、野武士を皆突き殺すべきだと主張する。長老の儀作は村を守るために侍を雇うことを思い立つ。町に出た利吉、茂助万造与平の四人は侍を探すが、申し出はことごとく断られ途方にくれる。そんな中、利吉達は無防備な僧に化けて盗人の人質に取られた子供を助け出し、礼も受けずに去ってゆく初老の浪人勘兵衛の姿を目撃する。騒ぎを見ていた見物人の中にいた柄の悪い浪人風の男が勘兵衛に絡む横で、同じく見物人の中にいた若侍の勝四郎が弟子入り志願する中、利吉は勘兵衛に野武士退治を頼む。勝四郎は乗り気だが勘兵衛は無理だと一蹴、やるとしても、せめて七人の侍が必要だという。去ろうとする勘兵衛たちに対し、これまで百姓を馬鹿にしていた同宿の人足が、百姓の苦衷を分かっていながら行動しないことをなじり、百姓は侍に米を食べさせ、自身は稗で我慢していることを訴える。勘兵衛はその言葉を聞き、百姓の頼みを引き受ける。勘兵衛の下には、その人柄に惹かれたという五郎兵衛を皮切りに、勘兵衛のかつての相棒七郎次、快活なふざけ屋の平八、剣術に秀でた久蔵が集う。さらに利吉達の強い願いで、勝四郎も六人目として迎えられる。時間の節約を考え七人目をあきらめようとしたところに、以前勘兵衛が盗人を倒した後、帰ろうとする勘兵衛を興味深そうに睨み回していた柄の悪い浪人風の男が現れて菊千代と名乗り、村へ向かう六人の侍と利吉たちに勝手について来る。

村に到着した侍たちに村人は怯え姿を隠すが、菊千代の型破りな行動でその警戒は解かれる。その様子を見て、平八はこれで七人揃ったと笑う。勘兵衛たちは村の周囲を回り、弱点を調べ上げて村を要塞化する案を練る。百姓たちも戦いに加わるために組分けされ、それぞれ個性的な侍たちの指導により鍛え上げられる。一方勝四郎は山の中で万造の娘・志乃と出会い、互いに惹かれてゆく。勘兵衛達が防衛の策を練っているとき、百姓が落ち武者狩りをしていることが判明し、侍たちは憤る。それに対し菊千代は侍達に百姓ほど悪ずれした者はいない、百姓をそうさせたのは戦いや略奪を繰り返す侍達だと叫び、百姓の出であることを見抜かれる。菊千代の叫びの前には、侍たちも怒りを収めるしかなかった。

刈り入れの時期が迫り村が結束を固める中、自分の住む離れ家を引き払うほかはないという話を聞いた茂助は、自分たちの家だけを守ろうと結束を乱す。それに対し勘兵衛は抜刀して追いたて、村人に改めて戦の心構えを説く。

後編


麦の収穫が行われ、しばしの平和な時もつかの間、ついに物見の野武士が現れる。物見を捕らえ、本拠のありかを聞き出した侍たちは土地勘のある利吉の案内で野武士の本拠にたどり着き焼き討ちするが、野武士にさらわれ山塞に囚われていた利吉の妻が、利吉を見て火の中に身を投じる。混乱の中、妻に追いすがる利吉を取り押さえる平八が野武士の放った銃弾を受け力尽きる。皆が平八の死を悼む中、菊千代は生前平八が作り上げた旗を村の中心に高く掲げ挙げる。それと同時に野武士が襲撃を始め、戦いの火蓋が切られる。柵と堀によって馬に乗った野武士の侵入は防がれたものの、村の防衛線の外にある離れ家と儀作の水車小屋は、野武士の焼討ちに任せるままにするしかなかった。この折、水車小屋に篭った儀作を引き戻そうとした息子夫婦が野武士に突き殺される。菊千代は助かった赤子を抱き、自分の境遇と重ねて号泣する。

その日の夜から朝にかけ、勘兵衛の地形を生かした作戦が奏功し野武士が順調にその数を減らしてゆく中、久蔵の豪胆さを褒め称え「本当の侍」と評する勝四郎の言葉を聞いた菊千代は、抜け駆けして手柄を得ようと持ち場を離れる。その隙に戦法を変えて襲来した野武士によって与平を含む多くの村人が殺され、侍も五郎兵衛を失う。

追い詰められた野武士との決戦の迫る前夜、勝四郎は志乃に誘われ初めて体を重ねる。その場を万造に見咎められ、二人の仲は皆に知れ渡る。

翌朝、折からの豪雨の中、残る十三騎の野武士との決戦が始まる。泥沼の戦場の中皆は奮戦し、あと一歩のところまで野武士を追い詰めるが、久蔵が小屋に潜んだ頭目に撃たれて命を落とす。菊千代はその身に弾を受けながらも頭目と相打ちになり、ついに野武士は全滅する。

初夏、脅威から逃れ平和を取り戻した村では歓喜の中で田植えが行われる。その様子を戦で生き残った勘兵衛、七郎次、勝四郎の3人が眺めている。勝四郎と志乃は一瞬目を合わせるが、志乃はそのまま勝四郎のそばを通り抜け田植えに加わる。勘兵衛は威勢よく田植えをしている百姓を眺めながら、勝ったのは百姓たちであり自分たちではないとつぶやく。勘兵衛の振り返った先には、今度の戦で散った四人の侍の墓が風に吹かれて並んでいた。

登場人物

七人の侍


島田 勘兵衛(しまだ かんべえ)
演 - 志村喬
七人の侍を率いることになる浪人。そろそろ五十に手が届く歴戦の武士だが、敗戦続きで浪人となる。白髪が目立つ風貌で、若い頃の「一国一城の主」という志も肉体的年齢的に既に叶わぬ己の身に一抹の憂いを見せる。剃髪した頭をなでるのが癖。
剃髪して僧に成りすまし、豪農の子供を盗人から救ったことで利吉達に助けを請われる。当初は乗る気にならなかったが、百姓の懇願や人足の言葉に負け引き受けることを決意する。野武士との戦では地形を生かした策を練り、戦いを有利に進める。普段は温厚で冷静沈着だが、規律を乱す者には非常に厳しい態度で接する。
本朝武芸小伝』にある上泉信綱の強盗から子供を救出する逸話を映像化している(上泉信綱の逸話では強盗さえ殺さずに救出するが、この映画では強盗を斬っているという違いがある)。弓の達人であり、最終決戦において村に突入してきた騎馬を、豪雨に全身を晒しながら仁王立ちとなり次々に射落とすシーンは、クライマックスにおける白眉となっている。 衣装は平造・合口拵えの短刀に、打刀拵え太刀と、戦国時代後期の初老の侍の最も正統的ないでたちをしている。平造(ひらづくり)・合口拵え(あいくちこしらえ)。
菊千代(きくちよ)
演 - 三船敏郎
勘兵衛の強さに惹かれ勝手についてくる山犬のような男。長大な刀を肩に担いで浪人のように振舞っているが勘兵衛に即座に侍ではないと見破られる。
元々は百姓の出で、戦で親を失い孤児として育つ。素足で歩き回ったり、馬に乗れないなど、侍になり切れないことがうかがえる。「菊千代」という名前は勘兵衛に自分が侍だと思われたいがために他人の家系図を勝手に盗んで名乗った名前で、後に仲間として受け入れられた時にそのまま定着する。
型破りで特別に血がたぎった熱い男で、百姓と侍を結びつける仲介役。獰猛な男だが、戦うときは勇敢に戦う。ただし戦いは喧嘩のように荒々しい。野武士との戦では東の川沿いの守りを任される。額当てのように、篭手を頭に巻く。
当初は膳兵衛という名前で、戦国が生んだ鬼という久蔵に似た暗いキャラクターとして描かれていたが、黒澤が侍の中に型破りで明るいキャラクターが欲しいという要望で、三船の性格をモデルに菊千代へとキャラクターが変更された。 その三船は脚本に軽く目を通した際、黒澤に向かって「この菊千代というのが僕ですね」と配役も告げていない段階で言い当てた。
岡本 勝四郎(おかもと かつしろう)
演 - 木村功
育ちがいい裕福な郷士の末子で半人前の浪人。七人の中では最年少で、まだ前髪も下ろしていない。浪人になりたいと親に頼んでも許さないので家を飛び出して旅をしている。勘兵衛の姿にあこがれて付いて行こうとするが、勘兵衛に浪人の辛い現実を教えられ一時動揺する。実戦経験はなく、すべてが新しい経験ばかりで、事件を若々しい敏感な感情で受け取る。野武士との戦では伝令役を任される。
森の中で百姓の娘の志乃と出会い、互いに惹かれ合う。
片山 五郎兵衛(かたやま ごろべえ)
演 - 稲葉義男
勘兵衛の腕試しを一目で見抜き、その人柄に惹かれて助力する浪人。いつでも静かでおだやかだが、その物柔らかさの下に何か人をなだめるような力がある。軍学は相当でき、経験も豊富。野武士との戦では勘兵衛の参謀役を務める。
腕試しを見抜くシーンは塚原卜伝のエピソードをモデルにしている。
七郎次(しちろうじ)
演 - 加東大介
勘兵衛の最も忠実な家臣。勘兵衛は「古女房」と呼ぶ。過去の戦で勘兵衛と離れ離れになった後、物売りとして過ごしていた。再会時には勘兵衛の顔付きだけでその求むるところを知り、ただちにそれに従って動く。
落ち武者となって農民に竹槍で追われた経験があり、その憎しみは強いが、戦の最中は百姓たちを常に励まし、自分の組に入った万造には特に気遣いを見せる。野武士との戦では西の入り口の守りを受け持ち、侍たちの中で唯一を振るう。
林田 平八(はやしだ へいはち)
演 - 千秋実
苦境の中でも深刻にならない、愛想の良い浪人。明るく柔軟で人懐っこく、よく冗談を言う。茶店で代金代わりに薪割りをしているところを五郎兵衛に誘われる。武士としての腕は少し心もとなく、五郎兵衛はその腕を「中の下」と評した。
「戦に何か高く翻げるものがないと寂しい」と、百姓を表す「た」の字と侍を表す○を六つ、菊千代を表す△をひとつ描いたを作る。
久蔵(きゅうぞう)
演 - 宮口精二
修業の旅を続ける凄腕の剣客。世の中で頼りになるのは自分の腕だけだと思っており、勘兵衛は「己をたたき上げる、ただそれだけに凝り固まった奴」と評するが、根は優しい男である。野武士との戦では北の裏山の守りを受け持つ。純粋な「少年性」を演出するため、「肩衣」はつけておらず、合戦時も他の侍と異なり、籠手(こて)や額当(勘兵衛。菊千代は半首)、腹巻(勝四郎)・腹当などの防具は着用していない。
宮本武蔵もしくは柳生三厳がモデルで、初登場シーンにおける浪人との果し合いは三厳のエピソードをモデルとしている。久蔵を演じた宮口は剣術の心得がなかったが、剣の達人を演じ切っている。

侍としての自我・アイデンティティーの強い、勘兵衛(志村)・七郎次(加東)・久蔵(宮口)・菊千代(三船)は、必ず「脇差・短刀」を差している。温和な性格の、五郎兵衛(稲葉)・平八(千秋)・勝四郎(木村功)は、大刀を一本差しにしているのみとし、キャラクターを描き分けている。

村の百姓


儀作(ぎさく)
演 - 高堂国典
離れの水車小屋に住む長老。百姓たちには「じさま(爺様)」と呼ばれており、村の知恵袋的存在。利吉の野武士と戦う提案に侍を雇うことを教える。最期まで水車小屋から離れる事を頑なに拒み、野武士襲撃の際に燃え盛る水車小屋と運命を共にする。
利吉(りきち)
演 - 土屋嘉男
年若の百姓。迫り来る野武士と戦おうと、絶望する皆の前で真っ先に言い出し、儀作の教えで浪人探しに町へ出る。侍探しには最も積極的。女房を野武士にさらわれたことで野武士に強い恨みを持っているが、感情を押し殺す性格で常に険しい表情をしており、平八に気遣われながらも心を閉ざし続ける。村に着いた侍たちに家を明け渡し、炊事等の世話役を務める。
茂助(もすけ)
演 - 小杉義男
壮年の百姓。利吉たちと共に浪人探しに出る。普段は百姓達のまとめ役でしっかり者だが、防御線の外にある自分の家を捨てねばならないと知った時は猛反発して独断行動をとる事もあった。しかし勘兵衛の大喝によって泣く泣く家をあきらめ、村を守る為に奔走する。合戦時は久蔵の組に入る。
万造(まんぞう)
演 - 藤原釜足
壮年の百姓。志乃の父。自己保身ばかり考えており、すぐにふてくされる、身勝手な性格。野武士と戦うことに消極的だが儀作の提案で嫌々浪人探しに町へ出る。
利吉とは何かと折り合いが悪く、積極的な利吉に毒を吐いて喧嘩になることが多い。
利吉の女房の二の舞を危惧し、親心から娘を守ろうと泣き叫び抵抗する志乃の髪を切って無理矢理男装させるが、それが原因で村中騒然となる。勘兵衛ら侍達にも娘を取られるのではと警戒しており、志乃を男装させたままにする。合戦時は七郎次の組に入る。
与平(よへい)
演 - 左卜全
やや鈍く、間の抜けた中年の百姓。意気地がなく、すぐに泣きべそをかく上に、失敗が多い。利吉たちと共に浪人探しに町へ出る。合戦時には菊千代の組に入る。菊千代には「阿呆」呼ばわりされ、小突かれながらも親しい間柄となる。痩せ馬を一頭持っており、後に菊千代が乗ることになる。
合戦時菊千代が与平に持ち場を任せたため、防具の無い背後から弓で襲われて死亡する。
志乃(しの)
演 - 津島恵子
万造の娘。万造の手により髪を切られ男装することになる。勝四郎に思いを寄せる。素朴で純情な少女だが、情熱的なものを内に秘めている。
利吉の女房
演 - 島崎雪子
収穫物を野武士に強奪される代わりとして、村から人身御供で差し出された女性。野武士の山塞に囚われの身となる。菊千代らの手によって火が放たれた際、幽鬼のような状態で出てくるが、眼前に現れた夫・利吉に驚き、焼け崩れる山塞の中に姿を消す。出番は非常に少ないが、オープニングの出演者クレジットでは、津島恵子と共に2番手に表記されている(七人の侍役キャストでは、志村・三船が1番手、加東・千秋・宮口・木村が3番手、稲葉のみ4番手グループだが、代わりに藤原が3番手グループに表記されている)。
伍作(ごさく)
演 - 榊田敬二
野武士を最初に目撃する村人。
儀作の息子夫婦
演 - 熊谷二良(息子)、登山晴子(息子の嫁)
儀作と暮らす夫婦で、赤子が一人いる。戦の始まりとともに水車小屋に篭った儀作を連れ戻そうとして野武士に襲われ、助けに来た菊千代に赤子を託して絶命する。

町の登場人物


人足
演 - 多々良純(人足A)、堺左千夫(人足B)、関猛(人足C)
仕事がなく、木賃宿でずっと飲んだくれて博打を打っている。Aは口数が多く、侍を雇うという利吉達の提案を馬鹿にして、嫌味をずっと言っている。しかし勘兵衛が利吉たちの頼みに断りを入れて立ち去ろうとする時、一肌脱ぎ、勘兵衛が野武士退治を引き受けるきっかけを作り、その後も他の人足達と一緒に、菊千代を木賃宿に連れて来るなど、協力している。

野武士


野武士の頭目
演 - 高木新平
四十人の野武士集団を率いる。
副頭目
演 - 大友伸
片目に眼帯をつけた男。雨中の決戦にて、わずかな隙を衝かれ久蔵に斬られる。

その他の出演者



  • 百姓 - 峰三平、川越一平、鈴川二郎、夏木順平、神山恭一、鈴木治夫、天野五郎、吉頂寺晃岩本弘司今井和雄、中西英介、伊原徳、大塚秀雄、大江秀、河部昌義、下田巡、加藤茂雄、川又吉一
  • 百姓女 - 本間文子、小野松枝、一万慈多鶴恵、大城政子、小沢経子、須川操、高原とり子
  • 百姓の娘 - 上遠野路子、中野俊子、東静子、森啓子、河辺美智子、戸川夕子、北野八代子




  • 豪農の前の百姓 - 片桐常雄
  • 豪農の前の百姓女 - 場野都留子
  • 盗人 - 東野英治郎
  • 強そうな浪人 - 山形勲
  • 弱い浪人 - 林幹
  • 茶屋の親爺 - 杉寛
  • 果し合いの浪人 - 牧壮吉
  • 町を歩く浪人A - 仲代達矢(ノンクレジット)
  • 町を歩く浪人B - 宇津井健(ノンクレジット)
  • 町を歩く浪人C - 加藤武(ノンクレジット)


野武士



  • 離脱する野武士 - 大村千吉
  • 離脱する野武士 - 成田孝



スタッフ


  • 製作:本木荘二郎
  • 監督 :黒澤明
  • 監督助手:堀川弘通、広沢栄、田実泰良、金子敏、清水勝弥
  • 脚本:黒澤明、橋本忍小国英雄
  • 撮影:中井朝一
  • 撮影助手:斎藤孝雄
  • 編集:岩下広一
  • 音楽:早坂文雄
  • 美術:松山崇
  • 美術助手:村木与四郎
  • 美術小道具:浜村幸一
  • 衣装:山口美江子(京都衣裳)
  • 録音:矢野口文雄
  • 録音助手:上原正直
  • 音響効果:三縄一郎
  • 照明:森茂
  • 照明助手:金子光男
  • 美術考証:前田青邨、江崎孝坪
  • スチル:副田正男
  • 製作担当者:根津博
  • 剣術指導:杉野嘉男 (日本古武道振興会)
  • 流鏑馬指南:金子家教 (日本弓馬会範士) 遠藤茂 (日本弓馬会範士)
  • 記録:野上照代
  • 結髪:中条みどり
  • 粧髪:山田順三郎
  • 演技事務:中津敏雄
  • 現像:東宝現像所

主な受賞歴

アカデミー賞


ノミネート
アカデミー美術賞 (白黒部門):松山崇
アカデミー衣裳デザイン賞:江崎孝坪

制作


黒澤は『生きる』に続く作品に時代劇を撮る予定であった。 それまでの時代劇は歌舞伎などの影響を受けすぎており、黒澤たちはこれまでの時代劇を根底から覆す作品を撮ると言う意思から、まず上泉信綱などの剣豪伝をオムニバスで描く作品を考え脚本を製作したところ、終わりまで繋ぐことができずに断念。 次に、城勤めの下級武士の平凡な一日がストーリーの根幹になる物語を考えたが、「当時の武士の昼食は、弁当持参だったのか、給食が出たのか」「当時は1日2食であり、昼食を摂る習慣はなかったのではないか」等の疑問が解決できなかったため、「物語のリアリティが保てない」という理由でこれも断念。 その後、戦国時代の浪人は武者修行の折りにどうやって食べていけるのかを調べていったところ、農民達に飯と宿を与えてもらう代わりに寝ずの番をして「ヤカラ」から村を守るという話が出てきたため、「武士を雇う農民」をストーリーの根幹に据えることとなった(侍の一日も参照)。 当時の映画としては超大作と言える2億円の資金が投じられ、製作には充分な時間がとられた。脚本は数人がかりで練りこまれ、衣裳なども時代劇にありがちなきらびやかなものではなく、着古したような衣裳が手間をかけて作られ人数分用意された。撮影は一部スタジオで行われた分を除き、大部分が東宝撮影所付近の田園に作られた巨大な村のオープンセットと、伊豆から箱根にかけての各地の山村でのロケーション撮影で行われた。ロケ地にもオープンセットと違和感なくつながるように村の一部を建設したため建設費も大きくなった。

内容に凝りすぎて予算を使い果たした黒澤は、未だ完成の目処が立ってないことに業を煮やした会社から難詰され、会社の役員向けに試写を行うも、野武士が山の斜面を駆け下り、菊千代(三船敏郎)が「ウワー、来やがった、来やがった!」と屋根で飛び上がり、ここから合戦という場面でフィルムがストップする。騒然とする役員に「これの続きは」と詰め寄られ、黒澤は「ここから先はひとコマも撮っていません」と告白(これはハッタリではなく本当に撮っていなかった)『西村雄一郎『黒澤明と早坂文雄』(筑摩書房、2005年)によると、そう言ったのはプロデューサーの本木荘二郎だったという説もある。p718、そのまま予算会議となり、追加予算を付けてもらった。また撮影期間は3ヶ月で行われる予定であったが。設定変更などで大幅に長引き、結局1年がかりで撮影されることとなった。

野武士の砦に火を点けるシーンでは実際に砦を燃やして撮影されたが、想像以上に火の勢いが激しかったため、利吉役の土屋が女房を追って砦の中で入るシーンで熱風により気管にやけどを負った。利吉の女房役、島崎雪子は限界まで演技をしたため、撮影直後に火ぶくれで顔がみるみる腫上がった。また、その時に大事な小道具を砦の中に落とし、砦もろとも焼失する。消火活動も困難だったらしく、砦のセットの周りの森も焼け果てていた。

クライマックスの雨中の合戦では、黒澤は雨をより激しく見せるため、雨の中に墨汁を混ぜて撮影を行った。映画では9月ごろという設定であるが、撮影は2月の極寒の積雪の中で行われ、三船や加藤をはじめ肌着一枚やほぼ裸の役者にとってはとてもきついものであった。実は「雨の決戦」というシチュエーションも、積雪がある2月の撮影ゆえに誕生したものだった。オープンセットに積もった雪を溶かすために大量の水が撒かれたため、現場全体が泥濘と化し、これを逆に利用したのである。 当時のハリウッドにおけるアクション娯楽映画といえば西部劇がまだ幅を利かせている頃で、対決シーンというと炎天下の砂塵が吹く中での対決が主流となっており(そもそも降雨が少ない)、豪雨の中での合戦シーンというそれまでになかった手法に、ハリウッドだけでなく世界中の映画関係者、映画ファンを驚かせた。

本作で最も有名な曲である侍のテーマは早坂文雄が作曲した。はじめ黒澤は、早坂が用意していた曲がすべて気に入らずに没案となったが、困った早坂がごみの中に捨てていた楽譜の一枚をピアノで演奏したところ、採用となった。『西村雄一郎『黒澤明と早坂文雄』(筑摩書房、2005年)中の佐藤勝談によると、曲が当時流行していた「ブルー・カナリア」(アメリカではダイナ・ショア、日本では雪村いづみが歌っていた)と非常に似ていたため破棄したものだという。p711

評価


『七人の侍』のポスター。日本国外での受賞歴をうたったもの
一般的に黒澤映画の最高傑作と評されることも多い。侍や百姓たちは一面的ではなく、特に百姓たちは善悪や強弱を併せ持った存在として描かれ、侍たちと百姓たちが相互にかかわりあい変化してゆく様がしっかりと描かれている。以後の映画作品に多大な影響を与え、また他国の映画監督にもファンが多い。フランシス・フォード・コッポラは「影響を受けた映画」と言い、ジョージ・ルーカスは「『スター・ウォーズ』シリーズはSFという舞台で黒澤のサムライ劇を再現したかった」と述べている。幼少期に黒澤作品に触れて多大な影響を受けたというスティーヴン・スピルバーグは、映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、もの作りの原点に立ち戻るために必ずこの映画を見ると発言している。

本作の評価の一つに、時代考証が正確無比だったことが挙げられる(注:ただし、戦国史家藤木久志は、この作品が傑作であることを認めつつ、戦国時代の農民は基本的に武装し、状況に応じて兵士に早変わりする獰猛な存在であって、刀ひとつ持てないなどということはあり得ないとの批判を述べている藤木久志 『刀狩り 武器を封印した民衆』 岩波新書、2005年)。

それは映画史に残る合戦シーンも同じである。黒澤が合戦シーン及び侍たちがとった戦法にリアリティがあるのかどうかを自衛隊などの識者に聞いて回ったところ、皆が時代に非常に忠実と口をそろえたという。しかし、実は戦闘シーンや戦法(特に村を要塞化するなどの描写)は、資料が足りなかったのか黒澤たちが適当に描いたものだった。それゆえに黒澤はわざわざ識者に聞いて回ったのである。それまでは脇役であった野武士というものの生態を浮き立たせたのもこの映画の特徴であった。黒澤によると、侍が刀を持って歩くシーンは上下動しておらず、槍を持ったら槍を持つ歩き方を指導しているので、相当な時間を費やしたという。

本作は、小津安二郎の『東京物語』、本多猪四郎の『ゴジラ』等と共に日本映画という枠のみならず、世界映画の傑作としてしばしば挙げられ国外での評価も高い。1954年度 ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞した。(なお、同映画祭では時間の制限から黒澤自ら再編集した短縮版での上映であった。)

影響を受けた作品


「腕利きの7人(または数人)の個性的なプロフェッショナルが、弱者を守る・秘宝を盗むなどの目的のために結集して戦う」というプロットは、「7人」という登場人物の映画・ドラマの原点とも言われている。

またパロディとして

また本作を通じて侍の精神や武士道の考え方なども影響を与え『スター・ウォーズ』のジェダイの騎士は七人の侍のキャラクターの影響を大きく受けている。

リメイク


脚注

参考文献


  • 『全集黒澤明. 第4巻』 岩波書店、初版1988年、作品台本・随筆、解題佐藤忠男ほか
  • 黒澤明、宮崎駿 『何が映画か - 「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって』 徳間書店、1993年 ISBN 4195552729
  • 都築政昭 『黒澤明と「七人の侍」』 朝日文庫、2006年 ISBN 4022615036
    • 元版 『黒澤明と『七人の侍』 - “映画の中の映画”誕生ドキュメント』、 朝日ソノラマ、1999年

関連文献(2000年代以降)

  • 『黒澤明「七人の侍」 創作ノート』 2巻組、野上照代編・解説 文藝春秋、2010年8月
  • 『黒澤明MEMORIAL10 七人の侍』 小学館 野上照代監修、2010年7月、本編DVDと解説冊子(全10巻シリーズ)
  • 四方田犬彦 『「七人の侍」と現代 黒澤明再考』 岩波新書、2010年6月

外部リンク




日本の映画作品
1954年の映画
黒澤明の監督映画
時代劇映画
剣戟映画
東宝
戦国時代 (日本)を舞台とした作品



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


[hsk media group] [鼻の手術日記] [Active Server Pages Reference ] [テレホンカード] [遺言] [ブランドショップ]