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リクルート事件(リクルートじけん)とは、1988年昭和63年)に発覚した、日本の贈収賄事件である。

贈賄側の会社経営者や、収賄側の政治家官僚らが次々に逮捕され、当時の政界官界を揺るがす、一大スキャンダルとなった。この事件では、出版社・リクルートの関連会社であり、未上場の不動産会社、リクルートコスモス社の未公開株賄賂として使われていた。

事件概要


贈収賄の目的

経緯


1984年(昭和59年)12月 - 1985年(昭和60年)4月

  • 江副浩正リクルート社会長、自社の政治的財界的地位を高めようと、有力政治家・官僚・通信業界有力者の3方面をターゲットに未公開株を相次いで譲渡(1984年12月20 - 31日39人、1985年(昭和60年)2月15日金融機関26社、4月25日37社、1個人)。

1985年(昭和60年)

1986年(昭和61年)

  • 6月 - 藤波孝生元官房長官ら政財界へのコスモス株譲渡。

1988年(昭和63年)

1989年(平成元年)

関係者への判決


政界ルート

  • 藤波孝生元官房長官は受託収賄罪で起訴され、1989年(平成元年)12月、東京地裁で初公判が開始。1994年(平成6年)9月、東京地裁は藤波被告に無罪判決、検察側控訴1997年(平成9年)3月、藤波被告の控訴審で逆転有罪判決、被告側上告1999年(平成11年)6月、最高裁が藤波被告側の上告を棄却・有罪確定。2007年(平成19年)10月死去。
  • 池田克也元衆議院議員は受託収賄罪で起訴され、1994年(平成6年)12月、東京地裁にて有罪判決・確定。
  • 安倍晋太郎自民党幹事長の私設秘書、宮沢喜一大蔵大臣の公設秘書、加藤六月農水大臣の公設秘書と政治団体会計責任者の計4人に対して政治資金規正法違反で略式起訴。

文部省ルート

  • 高石邦男元文部事務次官は受託収賄罪で起訴され一審で懲役2年執行猶予3年、二審で懲役2年6ヶ月執行猶予4年。

労働省ルート

  • 加藤孝元労働事務次官は受託収賄罪で起訴され一審で懲役2年執行猶予3年。
  • 鹿野茂元労働省課長は受託収賄罪で起訴され一審懲役1年執行猶予3年。

NTTルート

  • 真藤恒元NTT会長はNTT法違反(収賄罪)で起訴され、一審で懲役2年執行猶予3年。
  • 長谷川寿彦元NTT取締役はNTT法違反(収賄罪)で起訴され、一審で懲役2年執行猶予3年。
  • 式場英元NTT取締役はNTT法違反(収賄罪)で起訴され、一審で懲役1年6ヶ月執行猶予3年。
  • 元ファーストファイナンス社長はNTT法違反(収賄罪)で起訴され、一審で懲役1年執行猶予2年。

リクルート社

  • 江副浩正元リクルート社会長は贈賄罪で起訴され、2003年(平成15年)3月、東京地裁にて懲役3年執行猶予5年の有罪判決。
  • 元リクルート社長室長は贈賄罪で起訴され、一審で無罪、二審で懲役1年執行猶予3年。
  • 小野敏廣元リクルート秘書室長は贈賄罪で起訴され、一審で懲役2年執行猶予3年。

事件の影響


  • これまでの疑獄事件と異なり、未公開株の譲渡対象が広範で職務権限との関連性が薄く、検察当局は大物政治家の立件ができなかった。しかし、ニューリーダー及びネオ・ニューリーダーと呼ばれる大物政治家が軒並み関わった事で、“リクルート・パージ”と呼ばれる謹慎を余儀なくされ、政界の世代交代を促した(この事件が無かったら、党内事情からいって、安倍晋太郎が次期首相になった公算が大きいという意見もある)。また、事件以降「政治改革」が1990年代前半の最も重要な政治テーマとなり、小選挙区比例代表並立制を柱とする選挙制度改革・政党助成金制度・閣僚の資産公開の一親等親族への拡大等が導入されることになった。
  • この事件によって刑法が改正され、賄賂罪で有罪が確定した公職政治家は実刑判決ではなく執行猶予判決が出ても、公職を失職する規定が設けられた。
  • また、1989年(平成元年)7月の第15回参議院議員通常選挙で自民党は大敗、参議院過半数割れとなった(自民党にとって、リクルート事件、消費税導入、牛肉・オレンジの農産物自由化が“逆風3点セット”と言われ、竹下の後任の宇野宗佑の女性スキャンダルは女性有権者の反発を招いた。2010年(平成22年)現在に至るまで、自民党は参院選後における参議院単独過半数を回復していない。この為、自民党は政局安定の為に公明党や民社党など野党との連携を強いられることになり、後に参議院で過半数を得るために自社さ連立自自公連立自公連立など他党との連立政権を組むことになる。
  • リクルートとリクルートコスモス(現コスモスイニシア)はこの事件でイメージが悪化、これにバブル崩壊が追い討ちをかけ、リクルートはダイエーに身売りされ、江副浩正はリクルートを追われることとなった。

各党の関係議員とその後


※ 各敬称は事件発覚当時のもの

  • 日本社会党
    • 上田卓三代議士
    • 1989年に上田議員が同事件への関与により議員辞職するも、ダメージは少なかった。参院補選・福岡県選挙区では党公認候補が当選。また都議選では社会党が大勝し、参院選で公民連の3党との選挙協力などで40議席台の大台に乗せて圧勝(第2党)した。

  • 公明党
    • 池田克也執行部副書記長
    • 池田副書記長が収賄容疑で在宅起訴され離党。1989年(平成元年)5月には、矢野絢也委員長が明電工事件絡みで委員長を辞任し(その後最高顧問に就任)、後任の委員長に石田幸四郎副委員長が就任するも、参院選で強い筈の公明党も事件の影響や社民連(社会党、民社党、連合)の3党との選挙協力で得票率が過去最低を記録した。

  • 民社党
    • 塚本三郎中央執行委員長、田中慶秋国会対策副委員長
    • 塚本委員長のリクルート関与疑惑が発覚し、佐々木良作顧問から辞任要求され、1989年(平成元年)2月に辞任。後任の委員長に永末英一副委員長が就任する(一部でこの執行部体制は、佐々木顧問が野党共闘路線を視野に入れたと言われている)。しかし、参院選では、事件の影響と社公連の3党の選挙協力などが原因で10議席台割れの惨敗となり、単独での議案提出権を失ったため、アントニオ猪木が当選したスポーツ平和党と統一会派を組んだ。(民社党・スポーツ・国民連合)

  • 日本共産党
    • 事件での影響なく寧ろこれで息を吹き返し参院補選・大阪府選挙区で新人吉井英勝候補が当選、しかし翌年の都議選や参院選では自民批判票が社会党に集中したため、伸び悩んだ。

備考


  • 本事件の「発祥の地」であるリクルートかわさきテクノピアビルは売却され、川崎テックセンターと改名。複数の外資系投資ファンドを転々とすることになる。
  • 1988年(昭和63年)8月10日午後7時20分頃、江副浩正リクルート元会長宅に向けて散弾銃一発が発砲された。その後で赤報隊が「赤い朝日に何度も広告をだして 金をわたした」と犯行声明を出した(赤報隊事件)。ただし、リクルート社が他紙に比べ、朝日に多く広告を出していたわけではなかった。

参考文献


  • 江副浩正『リクルート事件・江副浩正の真実』(中央公論新社)
  • 田原総一朗『正義の罠 リクルート事件と自民党 二十年目の真実』(小学館)
  • 朝日新聞社会部『ドキュメント リクルート報道』(朝日新聞社)

外部リンク



日本の汚職事件
昭和時代戦後の事件
平成時代の事件
1988年の日本の事件
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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