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ミリアム・オット(Mirjam Ott、1972年1月27日 - )はスイスの女子カーリング選手。ベルンに生まれ、10歳でカーリングをはじめた。現在はスイス南東部グラウビュンデン州のフリムスにあるカーリングクラブ、「チーム・フリムス」(TeamFlims) でプレーしている。

国際的な大試合のデビューは1996年コペンハーゲンで開催されたヨーロッパ選手権で、初の大舞台でいきなりの優勝を果たした。2001年のヨーロッパ選手権(フィンランドヴィエルメキ)ではサードとして出場し、3位。2002年ソルトレイクシティオリンピックではスキップのルツィア・エプネーター率いるチームでサードを務め、銀メダルに輝いた。

2004年ヨーロッパ選手権(ブルガリアソフィア)、2005年ヨーロッパ選手権(ドイツガルミッシュ=パルテンキルヒェン)、2006年トリノオリンピックではスキップとしてスイスチームを2位に導いたが、いずれも決勝で、アネッテ・ノルベリ率いるスウェーデンの前に苦杯を舐めている。オットはこれまでにオリンピックで銀メダル2個を獲得しているが、女子カーリング史上でオリンピックのメダルを2個以上獲得した選手は、2006年時点でスイス国内ではオットただ一人である。このほか、スイス国内チャンピオンにも二度(1997年、2004年)輝いている。

2010年バンクーバーオリンピックでも再びスキップとして出場。前回のトリノ大会では決勝のラストストーンでスウェーデンのノルベリにダブルテイクアウトを決められて惜しくも破れ、表彰式では涙を流したオットは三度目の正直で金メダルを狙った。予選リーグでは最初の3試合でカナダ・スウェーデン・中国といういずれも金メダル候補に挙げられる強豪に3連敗を喫したが、その後は自力を発揮して6連勝で予選リーグ突破を果たした。特に7戦目の日本戦は共に3勝3敗で迎え、準決勝進出のためにはお互い負けられない状況であったが、スキのないショットを立て続けに決めて日本のミスを誘って徐々に点差を広げ、最後は10-4でコンシード勝ち。この大会でカーリング競技への注目度が急激に高まっていた日本のファンにもその実力を知らしめた。NHKの中継で解説を務めていた小林宏にも「(日本側が)完璧に決めないと許してくれない(得点させてもらえない)」と言わしめた。迎えた準決勝では予選リーグの初戦で敗れた開催国のカナダと再び激突。完全アウェーの状況で序盤はカナダが有利に試合を進めるも徐々にスイスもカナダに迫り、第9エンドを終えた時点で6-4、しかも第10エンドはスイスのラストストーンという逆転勝利の可能性もある状態であった。第6投が終わった時点でハウスの前方をカナダのガードストーンが道を塞いでいたが、第7投目でオットがカナダのガードの間のわずかな隙にスウィーピングなしでストーンを通してハウス中央付近のカナダストーンを弾いて形勢逆転、解説の小林が思わず英語で"This is curling!"と絶叫するほどのスーパーショットを決めた。同点はおろか逆転負けの可能性さえ出てきたカナダはスキップのシェリル・バーナードがなんとかハウス中央付近にあった2つのスイスストーンのうちの1つをテイクアウトして逆転負けの可能性はなくなったが、それでもオットの実力を考えればスイスが2点をとって同点になることは確実とカナダ選手も地元カナダの観客もエキストラエンド(延長戦)突入を覚悟した。しかしオットの投じたラストストーンはほんの僅かにコースがずれ、カナダのストーンをはじき出したものの、そのままハウス内に留まる予定だった自らのストーンもロールアウト。結局1点とどかずにカナダに敗れた。3位決定戦の中国戦では前日の敗戦で力を使い切ったのか、序盤から中国の得点を許して大量失点、8エンド終了時点でコンシードして3大会連続のメダル獲得はならなかった。

オットは経営学を専攻しており、2003年8月にはチームメイトのビニア・ベーリとともにイベント代理店 (Beeli & Ott Marketing Event) を開業している。

主な戦績


  • 1996年 - ヨーロッパ選手権コペンハーゲン大会優勝(スキップ)
  • 1997年 - 世界選手権ベルン大会8位(スキップ)
  • 2001年 - ヨーロッパ選手権ヴィエルメキ大会3位(サード)
  • 2002年 - ソルトレイクシティオリンピック銀メダル(サード)
  • 2004年 - ヨーロッパ選手権ソフィア大会2位(スキップ)
  • 2005年 - ヨーロッパ選手権ガルミッシュ=パルテンキルヒェン大会2位(スキップ)、世界選手権ペイズリー大会8位(スキップ)
  • 2006年 - トリノオリンピック銀メダル(スキップ)
  • 2010年 - バンクーバーオリンピック4位(スキップ)

外部リンク



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1972年生
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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