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3008
プタイプ190S(1929年)
401エクリプス(1934年)
クーペカブリオレの始祖

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203
403
404カブリオレ
204ブレーク
504カブリオレ
305
505
205GTI
405
306カブリオレ
106S16
206CC
407
207
308
107
1007
4007
三菱・アウトランダーの[[OEM607
807
Bipper

オートモビル・プジョーAutomobiles Peugeot )は、フランスに本拠地を置く、世界最古の自動車量産メーカーである。同じくフランスの自動車会社シトロエンとともに企業グループ「PSA・プジョーシトロエン」を構成している。

その他、50cc - 500ccのモーターサイクルを欧州市場にて、製造販売している。また19世紀末より1980年代まで自転車を製造しており、プジョーの自転車は通算10回、ツール・ド・フランスの総合優勝者の使用機材となっている。

後ろ足で立ち上がるライオンを象った企業ロゴ(ベルフォールのライオン)を採用している。

歴史


アルマン・プジョーが創設し、甥のロベールの経営によって発展した。元来は冷間製鉄から始まり歯車や骨組の製造を生業とする会社であり(の骨からポンパドゥール・スカートの骨を作ったりもしていた)、現在でもペッパーミル(胡椒挽き)等様々な製品を生産しており日本にも輸入・販売されている。また1882年、自転車のLE FRANCAISの製造販売を開始し、同年の最初の大型自転車Grand Biなどの製品によって、自転車メーカーとしても知られる。ロベールの時代、201から乗用車のみ"x0x" という真ん中にゼロを入れる三桁の数字を車名とする伝統が続いており、ポルシェ911(試作車発表の時点では901を名乗ったが、プジョーからのクレームにより911に名称変更した)と名乗ることとなった理由ともなったが、2004年発表の1007はプジョーで初めて四桁の数字の車名となり、更に2010年RCZで201以降初めて数字を用いない車名となっている。

1974年に経営不振だったシトロエンを吸収合併、持株会社「PSA・プジョーシトロエン」(当初は単にPeugeot Société AnonymePSA)を設立、さらに1979年にはクライスラー UK(旧ルーツ・グループ)及びシムカ)を傘下に収め、フランス最大の自動車メーカーとなった。自動車だけではなくスクーターなどを中心に自動二輪車も別会社プジョー・モトシクルで生産している。PSAグループの自動車生産台数は本田技研工業とほぼ同規模である。

世界で最初(1886年)にガソリン自動車を発明したのはベンツ(現在のダイムラー)であるが、世界で最初(1891年)にオーダーメイドではなく、定型車種として自動車を4台「量産」したのはプジョーである。

日本での販売

自動車


1950年代以来新東洋企業西武自動車販売によって輸入されてきたが、販売は振るわなかった。しかし1980年代半ばよりオースチン・ローバー・ジャパンスズキが輸入元となって発売した『205GTI』が人気を得ると、徐々に注目を集めるようになった。フランス・プジョーの日本法人プジョー・ジャポンが自ら輸入販売するようになった2000年平成12年)以降には、『205』の後継車『206』がヒット商品となり、2003年平成15年)には過去最高となる年間登録台数、1万5,330台を記録した統計資料、日本自動車輸入組合

プジョー・ジャポンは2009年平成21年)にシトロエン・ジャポンと合併、プジョー・シトロエン・ジャポンとなった。

自転車


サイクルヨーロッパジャパン株式会社がプジョーからのライセンスに基づいて、製造・輸入・販売を行なっていたが、2004年平成16年)末をもってライセンス契約が終了した。その後はプジョー・シトロエン・ジャポンの子会社、「プジョー・シトロエン東京」がプジョー製の自転車を輸入している。

逸話



プジョーには国産プリンス自動車第一号車の設計の手本となったという逸話が残っている。第二次世界大戦直前、ブリヂストン創業者石橋正二郎は後援していた弁護士楢橋渡(後に政治家となる)が渡仏する際に、「一番評判の良い小型車を買ってきてくれ」と依頼した。楢橋が選んだのはプジョー・202であった。この202は戦中戦後にわたって石橋家の自家用車となったばかりでなく、そのエンジンは石橋がオーナーとなった富士精密工業が最初の4気筒1,500ccガソリンエンジンを設計する際の手本となった。

特徴


プジョー車の特徴として、独特の設定がなされたサスペンションと、自社製作のショックアブソーバーによる、「猫足」と呼ばれるしなやかなで路面に吸い付くような接地感のある足回りが挙げられることが多い。一般的には走行安定性を得るためのサスペンションは硬くなりがちだが、プジョー車では柔らかい乗り心地と安定性を高次元で両立している。良好な乗り心地にはフランス車に共通のソフトで腰のあるシートも大いに貢献している。また、1960年404から406の時代までの40年余り、デザインコンサルタントに起用したイタリアカロッツェリアピニンファリーナによる控え目かつ優美なスタイリングを特徴としていた。
近年では206以降、社内デザインが中心となり、吊り目のヘッドライトと大きなエアインティークによる大胆な顔つきとなった。しかし創立200周年を迎えた2010年以降は、チーフデザイナーに就任したジル・ヴィダル (Gilles Vidal) の指揮下でシンプルなデザインに回帰しつつあり、量産車ではプジョー・508から新しいデザイン言語が導入された。

車種一覧

現行モデル


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