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テレンス・リー英語表記 Terence Lee、1964年10月30日 - )は、オスカープロモーション所属のタレント
。本名、加藤 善照

自称・軍事評論家格闘家剛柔流空手3段・柔道初段・剣道初段・合気道2段)、カメラマン、元傭兵、作家、危機管理コーディネーター
。本人の2005年の主張では、「イギリスでスカウトされ傭兵として中米南米アフリカ諸国で、カラシニコフ小銃のみを操り、天才的なスナイパー(狙撃手)として活躍した」とのこと。著書『戦争病』などで、「狙撃手時代にはオペレーションに応じて特注の狙撃銃を発注した。」という経歴を語り、テレビ等に危機管理コメンテーターとして出演。また、本人が運営するウェブサイトによると、2000年にTerence Lee Personal Protection Serviceを設立したとしている

ちなみにテレンス・リーという華僑風の名は傭兵時代のコードネームのひとつだと称しており
、現在のペンネーム。また、“かとうよしてる”名義で緑新聞にて「碧色の陽炎」というエッセイを寄稿していた事もある。当時はエフエムさがみのラジオパーソナリティーを務めた。

略歴


以下の経歴には本人の著書の内容や自称などに基づく客観的に確認できない情報を含んでいます。
1964年暴行被害事件より10月30日フジテレビ『ホンマでっか!?TV』2011年1月5日放送分より。因みに同番組の共演者である経済評論家門倉貴史と誕生日が同じ。に生まれ、横浜の下町(地域未詳)で暮らし、後に立教大学文学部史学科2005年のDVD発売時のポニーキャニオンのウェブサイトよりへ進学する(出身高校未詳)。大学在学時にイギリスに遊学。1980年代初頭にロンドンで傭兵スカウトされたと自称しているこれが事実であった場合、イギリスでは「反傭兵法」で傭兵になる事自体が処罰対象となるので犯罪行為を犯していたことになる。。傭兵経験は10年(当初はごく短い期間であったと言っていたが、後に10年と変化した)と自称し、中米、南米、アフリカで参戦。西アフリカの市街戦に参加したとのこと。中米麻薬カルテルの破壊工作に加わった後に退役。退役後は殺し屋をしていたとも発言している(2005年のDVD発売時の発言だが、いずれも確認はされていない。また立教大学を卒業したのかは不明)。著書『戦争病』や『おれは戦争下請け屋』には、傭兵をしていた当時と自称する写真が掲載されている。本人によれば「現在よりも30キロほど痩せていた」といい、掲載された写真の中では、サングラスを着用していない。また、現在トレードマークとしているサングラスは傭兵時代に失明した右目の保護のためだとしている〜遠隔操作バラエティ〜ウドで訊く!2008年9月3日放送分より。2002年の頃迄の公式サイトでは「フランス外人部隊を除隊」と明記されており、主張や経歴がよく変化する人物として知られる
日本で唯一人のプロフェッショナルボディーガード Terence Lee personal Protection Service(2002年の公式サイト)「フランス外人部隊を除隊」と明記されている また本名・李鐘善と自称

暴行被害事件


2009年12月9日、自転車で帰宅中に、相模原駅前の駐車場で、酔っ払いの男(42歳・アルバイター)に「肩が触れた」と言い掛かりをつけられ(神奈川県警相模原署の発表)、その男と口論となり暴行を受け、右目の眼窩底骨折で全治4週間と診断される重傷を負ったと報道された。12月10日スポーツニッポンの記事では「手を出したらまずいと判断し、暴行を受け続けた」という話と「古傷のひざが痛んですぐには起き上がれず、そのまま蹴りを顔面に食らうなどした」という、異なる二つの話が掲載された。この件に関して本人は、12月13日放送の情報バラエティ番組サンデー・ジャポン」(TBS)の電話インタビューにて「普通の人間なら死んでいたが、私だから耐えられた」と語り、自身の肉体が強靭であることを示唆した。さらに、自らの著書で「街でからまれたらプライドを捨てて逃げていただきたい」と書きながら、事件の際に現場から逃亡しなかったことを指摘されると「これ言っていいのかな?現場に犬がつながれていて、その犬が怯えていたのでかばったんです」と語り、犬を身を挺(てい)して守り暴行に耐え続けたと説明した。(ただしその場に本当に犬がいたかどうかについては確認されていない)また、事件の際は自転車を使ったリハビリ中だったと説明
その際、過去に居酒屋で5人に囲まれた際に一方的に傷つけてしまった経験(自称)を語り、「正直、反撃しようと思った瞬間もありましたが、“人間凶器”の私が1発殴れば危険なことになる」 と、加害者男性を怪我させ、取り返しのつかない事態になるのを避けたと判断したことなどを明かした。肩がぶつかった件や歩行者優先地帯だった事、自分から駐車場に誘った事については、当初の発言とは異なり「肩はぶつかっていない、実は歩行者優先地帯の直前だった、冷静に話そうと言っただけで自分から人気のない所に誘ったわけではない」と主張が変化している

また2009年12月11日までに、公式ウェブサイト上で、「重傷である」との報道が誇張であったことを、酩酊状態の自身の写真を添えて否定した。但し、「全治一ヶ月の重傷」と診断されたこと自体は認めており、「体が元々丈夫であった」ことが症状を軽微にしたのではないかとの理由付けをしている。『自らの認める事実』と異なる報道が行われたことについて警察に事実内容の確認を取ったところ「質問も受けていなければ公表もしていない」との返答があったとして、憶測や不正確な情報に基づいた杜撰な諸報道を批判した。「年内休養」とする報道も誤りとし、「番組出演を継続する」とメディアに反論した。また、ホンマでっか!?TVのスペシャルのコーナーで事件当時に乗っていた自転車を自らの秘宝として出し、問題の事件をネタにした。

タバコに関する造詣


かとうよしてる名義で緑新聞(タバコ業界紙)にて「碧色の陽炎」というエッセイを寄稿していた事もあり、タバコに関する造詣は深い。その頃はエフエムさがみのラジオパーソナリティーをしていた。居住地とされる相模原市近辺で、以前はシガーバーを営んでいた。2005年のポニーキャニオンのDVD発売時の発言では「多忙のために閉鎖」したという。また、『サンデージャポン』(TBS系列)において「(神奈川県)相模原市でシガーバーを経営していた」との発言もある。
兵士、特にスナイパーはタバコの匂いが身体に付く事を嫌う為喫煙者は殆どいない。アメリカ軍の狙撃手資格の条項にも喫煙者は受験資格さえ与えられない。
(これは喫煙時の煙がジャングルなどで1km以上離れてた地点であっても届いてしまうからでもある)
もっともゲリラなどの非正規軍事勢力や、軍規や厳しい規律など無く、とてもプロの軍隊とは呼べないような途上国・弱小国の兵士ではその限りではない。

カメラに関する活動


テリー・ウォンの名義で、ROSEHIPというホームページを1999年から運営しており、小学館のウェブスターズ(セクシーフォト部門)で一位を獲得したという。女性臀部部のみの投稿型写真サイトである。2004年から全ての写真の名義がテレンス・リーになっている。本人によれば、テリー・ウォンやカルロス・マキムラのコードネームも傭兵時代から使っているという。

書籍



  • 誰が子供を狙うのか(東邦出版)
  • 宇宙一せまい授業!(東邦出版)
  • 平成大震災(主婦の友社)
  • まず3日生き延びろ(双葉社)
  • 非常に危険です!!(学研)
  • 戦争病(実業之日本社)

DVD


  • 非常に危険です!!(ポニーキャニオン)
  • 風雲児(松竹)
  • 団地マニア 〜団地プレイはじめの一歩〜(エイベックスマーケティング)

テレビ番組


関連


脚注



外部リンク


オスカープロモーション
日本のジャーナリスト
存命人物



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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