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チャンネル諸島の位置
チャンネル諸島 () は、フランスコタンタン半島西方沖合い、英国海峡に浮かぶ島々。ジャージー島ガーンジー島オルダニー島サーク島ハーム島の5島と付属の島嶼からなる。フランスではノルマンディー諸島あるいはアングロ=ノルマン諸島()と呼び、英語をそのまま訳して海峡諸島 () とも言う。また、ジャージー島から南東にあるマンキエ諸島はジャージー島に属しているが、その近くにあるノルマンディー沖のショセイ諸島を結成している小さな島々は地理的にチャンネル諸島に属しているがフランスの管理下にある為、イギリス領のチャンネル諸島に組み込まれる事はない。イギリスの王室属領 () であり、外交・防衛についてはイギリスが責任を負うが、自らの憲法と法律を有していて、連合王国の法律が原則として適用されない。したがって、連合王国には所属しない。人口約15万人。

歴史


フランスに定住したヴァイキングの首領ロロがフランス王からノルマンディー公爵に任命されるとともに933年ノルマンディー公国の領地に編入された。1066年ノルマン・コンクエストにより、ノルマンディー公ウィリアムがイングランド王となったため、イングランド王の所領となり、1204年にイングランド王とノルマンディー公が分離した時もイングランド王の領地とされた。1254年にはイングランド王室の個人領地になっている。この状態が現在まで続き、連合王国には所属しないまま、王の私領地として存在している。オルダニー島(英国系)以外のジャージー島やガーンジー島の住民はノルマン系フランス人で、今なお農村部ではフランス語ノルマン方言を話す。第二次世界大戦では1940年から1945年までドイツ軍に占領され、多数の島民が英本土に避難、数千人がドイツ国内の収容所に送り込まれた。5月9日の解放記念日はジャージー、ガーンジー地区とも祝日となっている。

行政


行政的にはジャージー地区 () とガーンジー地区に二分され、各地区はそれぞれエリザベス2世を国家元首とし、女王名代として副総督が任命されている。またそれぞれ独自の自治議会と政府を有し、英国議会には代表を送っていない。住民は英国の旅券をもつが、表紙には連合王国ではなく、 "" または "" と記されている。連合王国ではないため、欧州連合にも加盟していない。 法律はノルマン法で、各郡に裁判所があり、上訴裁判所は諸島全体を管轄する。軍事は英国軍が担当する。

経済


島の経済はタックス・ヘイヴンで支えられており、多くの会社が島にペーパー・カンパニーを置いている。またジャージー島の中心都市セント・ヘリアなどは観光客も多い。ジャージーとガーンジーの各地区はそれぞれ独自の通貨と郵便切手を発行している。島内ではイングランド銀行スコットランド銀行発行の通貨も流通する。

文化


交通


  • ジャージー島、ガーンジ島、オルダニー島には空港がある。
  • 英国側のポーツマス、フランス側のサン=マロ(ブルターニュ)、シェルブール(ノルマンディー)などとの船便も多い。

関連項目



関連図書


  • 『英仏海峡の要塞 1941‐1945—ヒットラーの不落要塞』スティーヴンソン,チャールズ ; 平田光夫 訳 - 大日本絵画, 2007, 67p. ドイツ軍によるチャンネル諸島占領と強制労働の実態を記している。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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