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茶色がガンジス川の流域、紫色がメグナ川(en)の流域。/' title='ブラフマプトラ川の流域、緑色がメグナ川(en)の流域。'>ブラフマプトラ川の流域、緑色がメグナ川(en)の流域。
ガンジス川(ガンジスがわ)は、インド亜大陸北部を流れる大河。全長は2506km、流域面積は1730000km²(ブラマプトラ川水系を除けば840000km²)。

ヒンディー語サンスクリットではガンガー()と呼び、これはヒンドゥー教川の女神の名でもある。
また漢語ではこれを音写し恒河(こうが、中国語音は )と呼ぶ。
英語では と呼び、これは和名の由来でもある。
the Nile などと同様、それだけで完結する固有名であり、本来は Ganges River のような言い方はしない。

流域


ヒマラヤ山脈の南麓ガンゴートリー氷河を水源とし、上流部ではバーギーラティー(भागीरथी)の名がある。デーオプラヤーグ付近で支流アラクナンダー川と合流し、そこからガンガーと呼ばれるようになる。この後南下し、ハリドワールで大平原へと出る。ここまでの約200kmがガンジス川の上流部である。ここからは河口部まで急流もなく、北インドの平原地帯(ガンジス平野の名がある。ヒンドスタン平野の一部)を流れる。ヤムナー川とガンジス川の間の河間平野はドアブ(2つの川)地方と呼ばれる穀倉地帯となっている「世界地理4 南アジア」p13 織田武雄編 朝倉書店 1978年6月23日初版第1刷イラーハーバードで最大の支流ヤムナー川と合流し、東へと向きを変えて北のヒマラヤ山脈や南のヴィンディヤ山脈からさらに多くの河川を集める。中流域には網の目のように支流が走っており、さらにその支流から運河が各地に建設されて灌漑に利用されているが、流路が安定しているために交通路としての利用は鉄道や道路の整備によって少なくなった。ビハール州北東部にてデカン高原の北東端にあたり、そこからは南東へと流れを変える。ここまでの約2200kmがガンジス川の中流域であり、これより下流の約600kmは下流域とされる。

下流域ではチベット高原からアッサム州を流れてきたブラフマプトラ川と合流し、さらにその下流でバングラデシュ北東部を流れるメグナ川と合流する。また多くの分流を作り、バングラデシュへ入り、ベンガル湾へ流れ込む。下流部ではブラフマプトラ川、メグナ川および分流により広大な三角州地帯を形成する。分流のうち代表的なものには、コルカタ付近を流れるフグリー川バングラデシュに流れるパドマー川がある。流量が最も多いのはパドマ川であり、現在ではこの川が本流となっている辛島昇・前田専学・江島惠教ら監修『南アジアを知る事典』p172 平凡社、1992.10、ISBN 4-582-12634-0。ガンジス川デルタはほとんどが標高数mしかない低地であり、自然堤防をなす河川間の小高い土地でも標高50mは越えない。ガンジス川の本流・支流がデルタに運んでくる土砂は毎年25億トンにものぼる「ビジュアルシリーズ 世界再発見5 西アジア・中央アジア」p144 ベルテルスマン社、ミッチェル・ビーズリー社編 同朋舎出版 1992年10月6日第1版第1刷

ベンガル湾に近いデルタ地帯は世界自然遺産に登録されているシュンドルボン(ベンガル語で「美しい森」の意。シュンダバンズとも)として知られる世界最大級のマングローブ林で、ベンガルトラの生息地のひとつである。下流域においては勾配が少ないことと3大河川が合流することによる流量の巨大さ、さらに主にブラマプトラ川によるチベット高原からの巨大な量の土砂の堆積によって流路が安定せず、そのため鉄道や道路の整備が困難で、ガンジス本支流の水運が重要な役割を果たしている。バングラデシュ国内だけで河川水路は3100kmにのぼり、国内の物資、人員の移動の4分の3を占めるまでになっている。また、流量の変動が著しいことと勾配がほとんどないこと、流路の不安定さから特に下流域においては洪水が多発し、バングラデシュの問題のひとつとなっている。

経済


ガンジス川中下流の広大なヒンドスタン平原はガンジス川のシルトからなる平原であり、非常に肥沃である。このため、集約的な農業が行われ、小麦トウモロコシサトウキビ綿花などの栽培がさかんである。肥沃な土地で水も豊富であり農業生産高も高いため、ガンジス川流域は世界でもっとも人口密度の高い地域のひとつである。ガンジス下流域はさらに肥沃であり、世界有数の米生産地となっている。20世紀後半には緑の革命によって改良種の普及や井戸の掘削が行われ、乾季に生産されるボロ稲の農業生産が大幅に拡大し、さらに二期作や三期作が可能となって、この地方の食糧生産はさらに増大した大橋正明、村山真弓編著、2003年8月8日初版第1刷、『バングラデシュを知るための60章』p40-41、明石書店 。しかし、上述のように流路が不安定で流量が巨大すぎるために洪水の被害が激しく、しばしば食糧生産に甚大な被害をもたらす。いっぽうで、適度な洪水は土地に肥沃なシルトを運んできてくれるため、「ボルシャ」と呼ばれて、豊作をもたらす恵みの存在と考えられている。また、川に栄養分が豊富なため漁業も非常に盛んであり、バングラデシュやインドの貴重なタンパク源となっている。上流域においては、豊富な水と急流を利用した水力発電が盛んに行われている。支流の多く発するネパール・ブータン両国において盛んで、特にブータンでは主要な輸出品となっている「ビジュアル・データ・アトラス」p541 同朋舎出版 1995年4月26日初版第1刷

歴史


紀元前1000年ごろに先住のドラヴィダ人にかわってアーリア人がガンジス川流域に住み着いた。やがてガンジス流域を中心に十六大国と呼ばれる諸国が成立し、その中から現在のビハール州を本拠とし、ラージャグリハを首都としたマガダ国と、現在のウッタル・プラデーシュ州北東部を本拠としたコーサラ国が強大化していった。このころ、当時支配的だったバラモン教に対する批判として、ブッダによって仏教が起こされ、またジャイナ教もこの地域で起こった。やがてパータリプトラに首都を移したマガダ国がコーサラ国を破ってガンジス流域を統一した。マガダ国ではいくつもの王朝交代があったが、紀元前317年頃に成立したマウリヤ朝アショーカ王の時代にインドをほぼ統一し、初の統一王朝となった。この後は王朝分立が続いた後、330年ごろにパータリプトラにてグプタ朝が成立し、再びガンジス流域を統一した。

その後、ガンジス流域を統一したのはデリーに本拠を置いたデリー・スルタン朝及びムガル帝国である。ムガルの衰退後は河口部のコルカタに本拠を置いたイギリス東インド会社1765年に下流域であるベンガルの支配権を獲得して以後領域を拡大し、インド大反乱で支配権を取り上げられて以後は全域がイギリス領インド帝国領となった。

その後、1947年インド・パキスタン分離独立を経て、東パキスタンとなっていた下流域がバングラデシュ独立戦争の結果1971年バングラデシュとして独立し、現在の政治領域が確定した。

信仰


ヒンドゥー教においては、ガンジス川はガンガーと呼ばれる女神として神格化されている。インド神話によれば、ガンジス川はかつて天上を流れていたとされる。しかし、サガラ王の6万の王子を昇天させるためにバギーラタが苦行を積み、これを聞き入れたブラフマー神によってガンジス川は地上を流れることとなった。しかしそのままではガンジス川の落下の衝撃に地上世界が耐えられないため、バギーラタはさらに苦行を積み、その結果シヴァ神が川を自らの額で受け止め、髪を伝って地上へと流れ下るようにしたとされる。川沿いにはヒンドゥー教最大の聖地ワーラーナシー(ベナレス)をはじめ、源流とされるガンゴートリーに、ヤムノートリー(ヤムナー川の源流)、ケダルナート、バドリナートを加えた源流域の4つの聖地(チャールダーム)、リシケーシュ、ガンジス川が平原へと出る地に位置するハリドワール、ヤムナー川とガンジス川の合流するイラーハーバードなどの数多くのヒンドゥー教の聖地があり、ガンジス川そのものも聖なる川とみなされる。死者をその川岸で火葬に付し、灰をこの川に流すことは死者に対する最大の敬意とされる。子供、妊婦、事故死、疫病死の場合はそのまま水葬される。また信仰によりこの川で沐浴するために巡礼してくる信者も数多い。上記の聖地には沐浴場が設けられ、多くの信者が沐浴を行う。その反面、毎年この川で溺死する人の数も多いという。

信者以外の観光客が沐浴を行うことは避けるべきである。
ガンジス川には近隣の下水が流しこまれているため、地元の人間と違って免疫のない人がガンジス川の水に浸かったり飲用したりすれば多種多様な感染症に罹病する危険が大きい。

また、この地域はブッダの生まれ、悟りを開いて仏教を創始した地域であり、生誕の地ルンビニや悟りを開いたブッダガヤなど、仏教の四大聖地および八大聖地はすべてガンジス川流域に属する。しかしその後、東アジア東南アジアに仏教が伝播する一方でガンジス流域における仏教信仰は衰退し、ブータンやチベットが仏教国となっているものの、聖地のあるインドではほとんど信者のいない状態となっている。
仏典では、サンスクリットのガンガーより恒河(こうが)と記す。1052の単位を示す恒河沙は、ガンジス川の砂という意味であり、ガンジス川の砂のように非常に多いことをさす「COSMOS」4巻 カール・セーガン 旺文社 p151 1980年12月20日初版発行

また、パトナ周辺ではブッダと同時期にマハーヴィーラによってジャイナ教が創始された。


File:Early morning on the Ganges.jpg|ガンジスの夕焼け
File:Gange.jpg|沐浴する人々

脚注



*
インドの河川
バングラデシュの河川



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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