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カシミール英語:Kashmir、ウルドゥー語:کشمیر、ヒンディー語:कश्मीर、カシュミール)とは、インドパキスタン中国の国境付近に広がる、山岳地方の名称である。標高8000m級のカラコルム山脈があり、中国との国境には世界第2の高峰K2がそびえる。

カシミールの東側半分以上を占めるヒマラヤ山脈カラコルム山脈に挟まれた一帯、ラダック(およびザンスカール)地方とバルティスターン地方は、元々チベット系のであったが、1834年にカシミール王国に併合された歴史を持つ。後述のカシミール問題を抱える地域であり、パキスタンの実効支配地域はギルギット・バルティスタン州及びアザド・カシミールと呼ばれており、かつて(1846年 - 1947年)があった地域はインドの実効支配地域・ジャンムー・カシミール州となっている。また、ラダック地方の東半にあたるアクサイチン中華人民共和国実効支配されている。最大の都市はスリナガル(シュリナガル)で、インドのジャンムー・カシミール州の州都となっている。

高級織物のカシミア(カシミヤ)の語源で、カシミアはこの地域原産のカシミアヤギの毛から作られる。

カシミール人の言語はインド語派カシミール語などの諸語で、ラダックではチベット語西部方言に属するラダック語、バルティスターンではチベット語西部方言に属するバルティ語が話される。

住人の宗教はイスラム教が支配的であるが、この地域のイスラム教は、スーフィズムヒンドゥーの影響を受けた非常に独特のものである。この世の全てのものが絶対神(アッラー)の化身であると考え、多神教との折衷的な汎神論的世界観を保有している。この世界観に基づき預言者を通じずに神との交信が可能であると考えられており、独特の神秘的儀式が多数存在している。

ヒンドゥー教徒とイスラムが対立するカシミール問題の中では看過されがちであるが、チベット圏に属するラダック地方ではチベット仏教が信仰され、現在では最もよくチベット仏教の伝統を保存する重要な信仰拠点の1つとなっている。またバルティスターンは、チベット系民族でありながらイスラム教を信仰する特徴的な地域である。

19世紀になると、1841年にはチベットと(カシミール)の間でが起きた。その際に捕虜となったカシミール兵士の末裔数千人が、ラサなど中央チベットに居住している。カチェ(チベット語でカシミール人)と呼ばれ、イスラム教の信仰を保っているが、言語や大部分の習俗はチベット人に同化している。これがひいてはチベットでイスラム教徒の移民を漠然とカチェと呼ぶようになり、青海省甘粛省方面から移住してきた回族もギャナ・カチェ(直訳すれば「中国のカシミール人」の意)と呼ばれる。1846年、でイギリスがシク教国を破り、を締結した。この条約をもって、カシミールのイギリス植民地統治が始まった。

カシミール問題


イギリス植民地統治下のインドでは、国内の様々な地域に大小無数に散在する藩王国をイギリスが間接的に統治していた。
1947年8月、それまでイギリス植民地のイギリス領インド帝国として一つのまとまりだった広大な地域が、植民地独立を契機に、ヒンドゥー教徒が多数派であるが多民族・多宗教の国是(ガンディーの「一民族論」)を掲げるインドと、イスラム教徒は別個の民族と見なすジンナーらの「二民族論」に基づきイスラム教を国教とするパキスタンの2つの国家に大きく分裂した。このインド・パキスタン分離独立によって、それぞれ藩王国はいずれかの側に帰属することを迫られていた。しかし、カシミール藩王は自身がヒンドゥー教徒、対して住民の80%はムスリム(イスラム教徒)という微妙な立場にあり、独立を考えていた。パキスタンが武力介入してきたことで、カシミール藩王はインドへの帰属を表明し、インド政府に派兵を求めた。これが第一次印パ戦争印パ戦争)の発端である。以後、第二次印パ戦争第三次印パ戦争カルギル紛争まで争っている。

この地域についてはパキスタンとインドが領有を主張し、これまで大小の軍事衝突(カシミール紛争)を繰り返してきた。現在は、ほぼ中間付近に停戦ラインが引かれている。
日本の学校教育用地図帳では、パキスタンから中国へ割譲された地域を除き、中印パ三国の主張するすべての地域を所属未定とし、実効支配線(停戦ライン)のみ描く手法がとられている。

また、カシミール問題と言うときには、インド管理地域内でのムスリムの集団による分離独立運動も指すことがある。

地震による影響


一部で「カシミール地震」とも呼ばれる2005年10月8日パキスタン地震の後、同地は莫大な労力と巨額の復興費用を必要としている。

関連項目



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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