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エリートélite)とは、社会の中で優秀な能力や影響力を持つ人間集団である。

概要


エリートは、社会に役立てることを期待されて、選抜と訓練とを受けた存在である。日本語では「選良」という言葉が示すとおり、社会に必要とされる能力を持つ、人材の一種である
(後述のように、ギリシア神話に登場する死後の楽園エーリュシオンが語源と言われており、ラテン語の原語では、エリートは「神に選ばれた者」すなわち「自分の利害得失と関係なく他人や物事のために尽くせる人」を意味する)。社会においてエリートは指導的な影響力を持っている。社会科学的には社会システムの上位を占める集団であり、高い権力戦力財産のいずれかを保有している。そしてそれらを用いて社会の各分野や職業集団でその構成員の態度や行動を主導することができる。

「人は平等である」(ともすれば「人は同等である」とも)という考え方からすれば対極とも考えられる概念であるが、社会全体の機能を考慮した場合、失敗が許されない重大な局面に於いて特定の分野に優れたエリート集団に、その処理が任される事は不思議なことではない。この点から、エリートは社会的な分業体制の一端として捉えることもできる。森嶋通夫は、日本に限らず現代世界のエリートの分布状態を、民主制の基盤たる素人主義に対する玄人主義ないし専門家主義という言葉で位置づけている『日本の選択――新しい国造りにむけて』(森嶋通夫, 岩波書店[同時代ライブラリー], 1995年)

エリートと呼ばれる対象


やや定義が曖昧で、有名大学卒などの学歴で判断することもあれば、いわゆるキャリア、あるいは三大国家資格である医師法曹公認会計士など肩書き(職業)で判断する事も多くある。また、ある組織集団の中で、ごく少数の有能な人間だけを集めて「エリート集団、エリート部隊」などと呼ぶ事もある。このように人によって「エリート」に対するイメージは異なり、どの場合においても原語(ラテン語)の意味からすれば誤用の感がある。近年では、様々な社会問題において対応の失敗や未解決となっている案件も多く、これらの解決にあたっているエリートが批判されたり、エリート教育を受けた者でも低く評価される学歴難民(一流大学卒業なのに職に就けない、またポスドク問題)などの問題が指摘されている。

なお、エリートはもともとラテン語で「神に選ばれた者」を指す。神に選ばれるというのはキリストに代表されるように、他人のために死ぬ用意ができているということであり、結局、「自分の利害得失と関係なく他人や物事のために尽くせる人」を意味する。したがって、ラテン語でのエリートとは「人」について使う言葉であって、地位とか階級に使う言葉ではない。

類型


ミルズはエリート理論においてエリートを主に三つに分類し、政治エリート、軍事エリート、経済エリートに分類した。これらはそれぞれの領域で政策決定の権限を独占しながら、各方面で利益を共有する利益共同体である。

政治エリート


政治エリートは国家を指導する政府行政機関を構成する人々である。政策実施の意思決定を主導する観点から政策エリートとも言う。その発生は行政機関の機能拡大、大衆社会の成立、中間団体の消失などによる。なおガエターノ・モスカロベルト・ミヒェルスヴィルフレド・パレートなどが政治的エリートについて論じている。

経済エリート


経済ビジネスの分野で十分な教育と経験を積んだ人々は、経済エリートに属する。ブランド大学やいわゆる「名門校」では、卒業生達は“幹部候補生”のビジネスマンとして大企業に採用されるが、これは特定の大学が商工業と強い結び付きがあるためであり、「財界エリート」輩出の基盤となっている。また、理学工学の分野でも、一部の教授や研究室が特定分野で大きな影響力を持っているといったように、エリート志向の傾向が見られる。日本では、明治期の専門経営者百数十人のうち、特に財閥系では東京帝国大学慶應義塾大学が多く、次ぐ高等商業学校を合わせた3校でほとんどを占め、待遇面でも優遇されていた。戦後はGHQによる財閥解体などで、寡占状態はほぼ無くなっている。

明治期専門経営者の学歴


  • 出所:vol.21,P.22

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明治期専門経営者の学歴
現在の一橋大学。1887年から1902年までの名称。
現在の早稲田大学。1882年から1902年まで東京専門学校であったが、単に「専門学校」とも呼ばれていた。

軍事エリート


軍事エリートは軍部において意思決定を主導する人々であり、軍令機関の高級将校(佐官将官)や軍事行政機関の高級官僚がこれに当たる。軍事情報や専門的な軍事知識を保有し、さらに外敵の脅威を主張することによって軍事エリートは国内において社会に対する強制力や影響力を強化し、政府や財界に対する発言力や影響力を確保することができる。

他のエリート


文化的エリート
文学芸能芸術の分野において十分な教育と経験を積んだ人々は、文化的エリートやインテリに属する。これら分野は、未経験者が安易に参入できるものではないため、事実上のエリート集団によって構成されているといって差し支えない。但し、大衆文化に関してはその限りではない。もっとも、親から子への文化資本の継承という観点から、大衆文化(特に伝統芸能)においてもエリート層が成立しているのが実態である。

スポーツエリート
スポーツの分野でも、親の英才教育によって小さい頃から専門的に育てられたいわゆる「スポーツエリート」も見られる(マスコミなど周囲が“親子鷹”と持て囃す例さえある)が、これはどちらかというと、個人がそのように選択し、望んでより良い環境を求めて育ってきた反面、当人の資質に負う所も大きく、個人属性としての「優秀なスポーツマン」と見なされる事は在っても、厳密な意味でのスポーツエリートは極めて稀な存在といえよう。一方で旧共産社会主義圏においては1980年代頃まで、東西冷戦時下の関係により、国威発揚と民主自由経済陣営に対する牽制の一種として、国家がスポンサーに付き、国策として養成していた例がある。また1990年代からは、日本も次世代のプロサッカー界を担う予備軍選手を養成する事業を、やはり国策として開始している。

否定的な側面


エリートとは一般に、社会に役立つよう訓練されているのが常とされるが、特殊な環境(政治体系や歴史・宗教的背景)の下では、後の歴史に甚だ不名誉な汚点として取り沙汰されるケースも存在する。例としてはヒトラーユーゲント親衛隊 (ナチス)が挙げられる。これらの人々は、その厳格な規律によって、ドイツ国民衆の手本として存在していたが、「人種差別のエリート教育」を施されたがために、ユダヤ人・ナチの横暴を指弾する人々・反体制派(自由主義民主主義社会主義者)・労働/兵役不適格者など国家に資さぬ人々・敵対する連合国軍兵士を人間扱いしない残虐行為を行なう事と成り、その悪名は長く語り継がれている。古くより世界各地に各々の暗殺者としてのエリート教育を行う集団も多数存在し、歴史の暗部に於いて、度々その姿をのぞかせている。

エリートと教育


古くからエリートを専門的に教育する機関も多方面に存在する。例えばフランスグランゼコールは社会的なエリート育成システムである。ドイツではマイスターのように実務を通して伝統的産業の職人を育成する制度があり、スイスにも時計などの精密機械産業分野に於いても似たような制度が見られ、これら高度化された職人が、高級なブランド品の製造産業を支えている。イタリアでは芸術分野に特化したマエストロ制度が存在する。このほか、ビジネスマンビジネススクール(専門学校ではなく経営大学院)のような専門化された学校で教育を受ける。

日本のエリート育成


日本では明治期以降、東京大学を始めとする帝国大学、それに連なる旧制高等学校、「一中→一高→帝大」などと喧伝された東京府立第一中学校(現・東京都立日比谷高等学校)をはじめとする各地の官公立旧制中学校ナンバースクール出身者がまず筆頭に挙げられる。また、時にそれ以上の権勢を振るった存在として陸軍幼年学校陸軍士官学校陸軍大学校(及び陸軍砲工学校東京帝大等の学士号以上)や、海軍兵学校成績優秀者(→海軍大学校)出身者が知られている。明治には三菱財閥幹部育成機関、三菱商業学校(夜間部「明治義塾」)が設立される。それ以後も、商科大学旧制専門学校、法科・実業系の学部を設置した私立大学等が官僚実業法曹文化等の分野におけるエリート層を形成してきた。第二次世界大戦の終結以降に勃興した地方大学も、地域の企業や地方自治・教育といった各分野で求められる教育されたエリート的人材の輩出を期待されていた。

初等・中等教育においては、全国の小中学校教育の模範となる目的で明治期より現在に至るまで設立されてきた国立の附属学校、ならびに旧制中学校時代から存続している公立学校私立学校が、上級学校への登竜門としてエリート校化している。これらの学校には教育熱心な家庭の優秀な子弟が集まる傾向があるために、教育格差に拍車がかかる結果になっている。また、第二次世界大戦末期、優秀な科学者や技術者の育成を目的として、選ばれた者に通常より高度な教育を行う「特別科学学級」が設けられ、戦後の高度経済成長を支える人材を輩出した。現在では似たような制度として「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」が挙げられる。

日本における学歴主義の功罪


こういったいわゆる一流大学卒のエリートが社会を主導する学歴主義と呼ばれる身分秩序ともいうべき組織・序列が、特に第一次世界大戦後にわが国の官界や産業界の中に作られていった。現在でも、政府中枢、法曹、学会、有名民間企業幹部などは、東京大学などのいわゆる“一流大学卒業生”により占められている。学歴は社会的地位を得る為の必要条件ではないにしても非常に有力な条件を与えるものとして、こうした体制の功罪はともに大きい参照は、『事典 日本の課題』(総合研究開発機構編、学陽書房、1978年初版)P607 ~ 608 。功の面としては、教育制度による業績原理に基づく社会的選抜と配分機能が、近代化が必要とする人材の選抜・育成・供給の中心的役割を果たすことで、国民の誰もが社会を先導する機会を得られるようになったことや一定水準の資質を兼ね備えたエリート層が常に社会に補填され続けたことが挙げられる。つまり家柄といった自然的出生ではなくどのような学歴を取得したかという社会的出生によってエリート層を能力主義化したことである。1970年後半から既に、大企業の最高幹部、いわゆるビジネスエリートのうち、大学卒業者が90%以上を占めているのはわが国とアメリカぐらいであったが、その比率の高さが、西欧流の経営組織技術革新を急速にわが国に導入しうる契機となり、高度経済成長の原動力となった。また、わが国の企業組織が学歴主義と年功序列によって固く秩序づけられることで、ある技術を基盤にして優位な地位にいた者も、新技術導入によってその地位を脅かされることがなかったために、企業内からの新技術導入への抵抗はほとんど無かったとされている

罪の面としては、汚職や企業経営・行政運営の失敗に加え、“国を動かしているのは我々”と言わんばかりの民主主義の原則から乖離したような一部の言動などが、しばしば非難される。こうしたエリート個個人の狭量さ・寛容さを推し測るには、持ち合わせる教養や自由主義の度合いによるとしても、制度上、採用の際には高級官僚学力試験でその資質の一定水準は担保されてはいても、選挙罷免制度は施行されてない。一方で、民意を代表する政治家職も世襲政治家による特権化も指摘されている。明治期の「野戦型指揮官」の時代と異なり、「学校秀才」による危機管理の際の不手際は恒常化し、行政分野における伝統となった市民無視、対市民規律の欠如参照は、『都市型社会と防衛論争』 (松下圭一、公人の友社、2003年) も垣間見ることができ、官僚化ないし労働者化した組織内に典型的に見られる“無責任の体系”としての抑圧移譲の法則組織上、恣意的な抑圧や圧迫感が「上」から「下」へ順次移譲されることで最終的に組織内外の一番の弱者に発揮されること。またそれによって組織全体のバランスが維持されている体系。丸山眞男が『現代政治の思想と行動』増補版(未來社、1964年)中「超国家主義の論理と心理」で述べている性もまた、見出すことができる。さらに、これらに附随して、モラル(道徳)の退廃と特権意識が醸成されうるし、現代では、事実上の教育格差を背景とした世襲化の傾向も指摘されている。

関連項目


脚注



社会集団
教育
フランス語の語句



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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