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アハマド・ザキ・ヤマニ(アハメド・ザキ・ヤマニ)(アラビア語: أحمد زكي يماني DIN 31635: アフマド・ザキー・ヤマーニー、1930年6月30日 - )は1962年から1986年までサウジアラビアの石油鉱物資源相を務めた人物。引退後はコンサルタントをしている。
サウジアラビア初の弁護士でもあり王家の法律顧問を勤め、サウジアラビアの法制度の近代化にも大きな影響を与えている。
経歴
1930年6月30日生にメッカで生まれる。祖父はトルコの大ムフティーで父親もウラマーというイスラム法学者の家系に生まれた。17歳の時にカイロ大学に入学して1951年に法学の学位を取得して、メッカにあるサウジアラビア財務省に就職した。国費留学生としてで法律を学び、1955年にエクセター大学から博士を授与され、1956年にはハーバード・ロー・スクールで学位を取得。
留学先から帰国して財務省に戻ると所得税およびザカート税省で働いた。所得税およびザカート税省で働くと同時に1958年にはサウジアラビアで初の弁護士となり、弁護士事務所を開設した。1973年の石油禁輸措置では大きな役割を果たし、サウジアラムコを設立してサウジアラビアの石油産業の発展に寄与した。
1975年12月にカルロス・ザ・ジャッカルが起こしたOPEC本部襲撃事件では各国代表ら70名あまりの人質の一人であった。
1986年10月29日に石油鉱物資源相を解任される。1990年に国際エネルギー問題を扱う情報センター(The Center for Global Energy Studies)をロンドンで設立し、コンサルタントをしている。
その他
- 時計マニアとしても有名で多数のコレクションを保有しており、1987年にはヴァシュロン・コンスタンタンの大株主になっている。
- 留学の経歴が示すように母国語のアラビア語以外にも英語とフランス語が堪能である。
サウジアラビアの政治家
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1930年生
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