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アタプエルカはスペインのカスティーリャ・イ・レオン州ブルゴス県の町で、カルスト地形の広がるシエラ・デ・アタプエルカ(Sierra de Atapuerca, シエラ・アタプエルカとも)の名前の由来にもなっている。一帯のカルスト地形にはグラン・ドリーナのような洞窟がいくつもあり、ヨーロッパにおける最も初期の人類が残した石器類なども発見されている。
アタプエルカの遺跡
20世紀後半に行われたいくつかの遺跡の発掘で、初期の人類(ホモ・エレクトゥスやホモ・ハイデルベルゲンシスなど)から青銅器時代の現生人類にいたるまでの幅広い人類の生活の痕跡が発見されている。アタプエルカの遺跡の中でも最も有名なものは、シマ・デ・ロス・ウエソス(Sima de los Huesos, 骨の採掘坑)である。この遺跡はクエバ・マヨル(Cueva Mayor, 「主要な洞窟」)に穿たれた深さ13 m の穴の底にあり、そこで発見された人骨は少なくとも更新世中期にあたる35万年前に遡る。ここで発見された人骨は多く、およそ30体の骨格を形成するもので、種別にはネアンデルタール人の直接の祖先にあたるホモ・ハイデルベルゲンシスのものである。発掘者たちには、この穴に人骨が集中している事実は、洞窟の住人たちによって埋葬行為が行われていた可能性があることを示唆する者もいる。他方で、これと対立する見解では、骨の密集の名かに小さな骨が欠けていることを挙げて、自然の作用で穴に流れ込んだに過ぎないとしている。
2007年6月には、アタプエルカの遺跡で調査にあたった共同責任者のホセ・マリア・ベルムデス・デ・カストロによって、「100万年以上前に道具を製造した人類の解剖学的痕跡」が発表された。
世界遺産
アタプエルカの遺跡は2000年にユネスコの世界遺産に登録された。
町の歴史
ブレバの山道はイベリア半島内陸部や他の大陸ヨーロッパをつなぐもので、同時にエブロ川渓谷とドゥエロ川渓谷の接点でもある。そうした交通の要衝として、古代ローマ時代にはローマ街道の一部であったし、中世にはサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の一部でもあった。現在は高速道路が通っている。アタプエルカはカスティーリャ王国のフェルナンド1世とその兄弟であるナバラ王国のガルシア5世(García V of Navarre)が争った「アタプエルカの戦い」(1054年)の舞台にもなった。
脚注
外部リンク
スペインの都市
スペインの考古遺跡
スペインの世界遺産
世界遺産 あ行
化石人類